ワナッカーム!Madras マダムです。
今日は今週話題になったニュースから。


月曜日に始まったマハラーシュトラ州
ムンバイでの暴動は、
火曜日、水曜日にはプネーにも
飛び火していた模様。

抗議デモのことをバンドと言うのですが、
鉄道や幹線道路を封鎖。

マダムがよく行くプネーの
Poona Golf Club前の広い道も
こんな感じでデモ隊が封鎖。

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で、タイヤを焼いたり、投石したり。
いたるところに警察や軍が出動したようです。

学校などはお休みになったとか。
ATMでさえ使えなかったみたい。

あいかわらず1日遅れですが 笑、
水曜日の新聞1面の記事です。

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植民地時代に、東インド会社とイギリスに
対するインド人の戦いかありました。

その場所には今、記念碑が建てられており、
今年は200年目という節目に当たってました。


毎年、この場所に近隣のカルナタカ州、
グジャラート州からもDalitが集まり、
集会をしていたそうな。

なぜDalitがというと、
あのアンベドカーさんが
この地を訪れており、
戦いで命を落としたDalitのために祈った
というエピソードかあったようです。

インドの歴史はとかく最上位ブラーミンの
功績に焦点が当たっており、
不可触民のDalitがこの戦いに貢献したことは
語られていない。


つまり、この毎年の集会は戦没者慰霊と
Dalitの無言の抗議という
ダブルミーニングだったんですな。


もちろんブラーミンのグループは
これを良しとせずに
集会を力で制圧しようとした。

これが今回の争いの発端のようです。

で、1人の女性が亡くなり
多くが怪我をした。

それをきっかけに鎮圧どころか、
さらなる反発を招いて
マハラーシュトラ州各地に
拡大した暴動に発展したのです。


カーストはなくなったと表では言っても
こういった暴動を見るに、
やはり根深く存在し続けている。


ちなみにアンベドカーさんは、
晩年に数万人のDalitを引き連れて
ヒンズー教から仏教に改宗した。

今でもDalitの中には、
自由を求めて仏教に改宗する人が
後を絶たない。

インドにおける仏教のあり方。


一度、インドで活動している
日本人のお坊さんに、その辺りの
話を聞いてみたいものですね。


では、ごきげんよう!
ナンドゥリー!