『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』 ボラットにタブーはない! | シネマの万華鏡

シネマの万華鏡

映画記事は基本的にネタバレしていますので閲覧の際はご注意ください。

アカデミー賞2021の隠れたる毒針

ポリコレであれもダメこれもダメ、がんじがらめの今日この頃。それでも果敢にタブーを撮りたがる映画作家はまだ野で生きのびていて、ゲリラ活動を続けています。

例えばギャスパー・ノエ。今年日本でも公開された『ルクス・エテルナ』は、ひたすら雑味を注ぎ込んで目くらましをかけながらも、人々を魔女狩りの狂気に駆り立てる魔女の美しさにフィーチャー。この映画、イヴ・サンローラン社とのコラボですから到達地点が「美」であることは想像がつくし、この見方あながち間違ってないと思うのですが、刑場の魔女は美しい?非常に鋭いところを突いているにしても、これはヤバいでしょう。でも、危険な香りがご所望じゃなければ何もギャスパー・ノエなんかを引っ張り出さないわけで。

サンローラン氏の死後に出された一連の半伝記映画もかなりスキャンダラスでしたが、イヴ・サンローラン、まだまだやってくれる気配です。

 

 

2020年はもう1人、amazonなる密林からサシャ・バロン・コーエンがタブー破りに参戦。『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』は、2006年にコーエンのアイデアをもとに製作され、アカデミー賞ノミネートから訴訟事件まで、さまざまな意味で世間を騒がせまくった『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』の続編。1作目に続いてこちらもさりげなくアカデミー賞2021の助演女優賞(マリア・バカローバ)と脚色賞(サシャ・バロン・コーエンほか)にノミネートされていたのでした。

今年の地味~なアカデミー賞を観て、「アカデミー賞もつまんなくなったもんだな」と思われた方も少なくないかもしれませんが、とんでもない!! しっかり地雷作品も仕込まれていたんです。

 

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 <完全ノーカット版> [DVD]

 

続·ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画

 

ボラット、まさに命知らずのスーパー風刺コメディ

ボラットシリーズの主人公は、サシャ・バロン・コーエン演じるカザフスタン国営テレビのリポーター・ボラット。勿論サシャ・バロン・コーエンはカザフスタン人じゃないし、もっと言えば本作はカザフスタンの文化を正しく世界に伝える作品ですらありません。本作の中のカザフスタンは、ユダヤ人差別や女性蔑視を煽る祭りが公然と行われ、ボラットはその模様を笑顔で中継する国家公認の差別主義者。

さらに彼は国営放送のリポーターでありながら女子トイレ覗きの常習犯!!12歳の妻を「買い」、「ガバガバになった」妻に飽き、買春も大好き!!口を開けば差別発言か下ネタ(それもかなりの打率でNGワード)!!

歩く問題発言、それがボラットです。

 

そんな映画がアカデミー賞に?!とんでもない!!と激怒されるお気持ちもわかりますが、まあちょっと怒りを鎮めて。配給会社に電話する前に、もう少しだけお読みくださいませ。

この映画、カザフスタンをとんだ差別主義国家に貶めているように見えますが、実は違うんです。「差別主義国家カザフスタン」は、差別主義者をおびき寄せるための仕込みにすぎません。ボラットが差別主義満々の感性でアメリカ文化を学びに行くところがミソ。本作の本当の舞台であり、批判の対象となるのは、カザフスタンではなくアメリカです。

 

アメリカでボラットは、フェミニスト団体や保守的な愛国主義者が多いロデオ大会に紛れ込み、女性やユダヤ人に対する差別発言を炸裂させるんですが、実は彼が飛び入りする団体やイベントサイドはこれが映画の企画だとは知らされておらず、みんな「素」でボラットの差別発言や非常識発言を受け止めるわけです。つまり、日本でもおなじみのドッキリ番組と同じ仕掛けなんですね。

コーエン扮するトンデモリポーターのボラットを本物のカザフスタン人だと信じ込んでいるアメリカ人たちの困惑しきった反応も面白いけれど、本作はそんなところでは終わらない。もっとず~っと人が悪いのです。

ボラットの人種差別・女性蔑視・ゲイ差別発言に同調する人々の姿をカメラに捉え、自由の国アメリカに潜む偏見や差別を糾弾しようというのが、本作の真の狙い。

これだけ黒い笑いを詰め込んで本当に批判目的?と疑われるのももっともです。

でも、本作には黒い笑いの向こうに差別問題を糾弾する意図があるということを世界に納得させる印籠が用意されています。その印籠とは、コーエン自身がユダヤ人だということ。

どうです? 煮えたぎる怒りを鎮めていただけましたでしょうか?

一見クソ下らない悪趣味映画に見えますが、サシャ・バロン・コーエンがたった1人でアメリカに乗り込んで、市井に蔓延する差別主義や偏見を暴き出して見せた、恐ろしく戦略的な企画なんです。

 

一方で、下ネタも凄い。

車の教習を受けながら他の車のドライバーと目が合うと、

「なんだこっち見んな!!乳首吸わすぞ!!オレのカアちゃんとやってろ!!」

中古車を買いに行けばディーラーに、

「女が寄ってくるような車ないデスか~? パイ〇ンの子が惚れるような車がイイデス~」

普段はカタコトの英語のわりに汚い言葉ならジャンジャン出てくるボラット。じ~つ~にインチキくさいんですが、でも皆、おかしいとは思わないみたいですね(笑)そこらあたりにもカザフスタン人への偏見が潜んでいるのかもしれません。きっとそこまで読んだ上での旧ソ連邦の小国「カザフスタン」なんでしょう。

 

ボラットのターゲットになったアメリカ人には、一般人だけでなく政治家もいます。例えばボラットのインタビューに応じてくれた1人で、彼が「全体主義政党の政治家」と呼ぶ人物は、当時同性婚反対の急先鋒として『結婚防衛法』を起草した共和党のボブ・バー。

ボラットがインタビューに持参したチーズを「おいしいよ」と食べるバーに、ボラットはすかさず、

「これ、妻が作ったチーズです。妻のオチチでね~」

直後、苦々しい顔で口の中のチーズを黙々と噛みしめるバーのアップ・・・このイヤ~な間、最高でしたね。

 

このテの悪ノリ企画、思いついた人なら他にもいるでしょう。でも、リアルな政治家や右傾市民を相手に実行する度胸がある芸能人はそうそういないんじゃないでしょうか? アメリカは訴訟社会、訴訟リスクはシャレにならないレベルだし、単に財産を失うだけじゃなく、芸能人生命までも断たれかねませんからねえ。

実際、wikiによればアメリカユダヤ人協会が製作に関わったHBOを訴えたのだとか。コーエンの目的からすればこれは的ハズレな訴訟なんですが、その後どう解決したんでしょうね?

 

続編ではなんとトランプ(元)大統領の弁護士ルドルフ・ジュリア―ニ氏(元ニューヨーク市長)がハニートラップに引っかかる!!

 

こんな問題映画の続編がアメリカで再度配給されることになった(それもamazonから)のは、ボラットが1作目でNYのトランプタワー(ドナルド・トランプの富の象徴)の前でう〇こする映像が効いているのかもしれません。

去年の大統領選挙の投票が始まる直前・10月に配信が開始されたことも、反トランプキャンペーンの狙いがあったことを裏付けているように思えます。

この続編のどこが反トランプなのか?というと、トランプの弁護士で元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニがボラットの仕向けた娘トゥーター(マリア・バカローバ)のハニートラップに引っかかったから。

まあちょっと鼻の下を伸ばして、ちょっと(自分の)あらぬところに手を置いただけなのですが・・・(男性なら普通に引っかかりそうで、トランプ支持者じゃない私が見てもちょっと気の毒w)おかげでジュリアーニ氏はラズベリー賞2021で最低助演男優賞と最低スクリーンコンボ賞に輝いています。

マリア・バカローバがアカデミー賞2021で助演女優賞にノミネートされたのは、この「お手柄」に対するもの。本作の脚色賞ノミネートもその意味合いが大きいでしょうね。

 

それでも1作目に比べればだいぶ毒性がまろやかになった感がある2作目。

1作目で回収しきれなかった女性蔑視問題について、娘のトゥーターを政治家に献上しようとするボラットのたくらみとその失敗を通じて大団円のもとに回収する顛末がメイン。

ホロコーストはガセだと信じていたボラットが、アメリカで「ガセじゃない、事実だ」と教えられて驚く一幕もあって、ボラットもずいぶん素直になったなという印象でした。

 

尖っていく配信作品

アカデミー賞雑感で書きそびれたことを1つ。

ほんの数年前「白すぎるオスカー」と批判され、その後急速に受賞者の人種バランスに配慮するようになったアカデミー賞ですが、今年のノミネート作を見ると今や人種問題よりも「配信すぎるオスカー」のほうが問題になりそうな勢いで配信作品ばかり。勿論、去年はCOVID-19の脅威という特殊な状況下での配信への傾斜にしても、この傾向はそれ以前からの流れ、何もCOVIDのせいばかりではありません。

 

そんな中で、興収を気にしない配信作品の自由度の高さも印象付けられたオスカーでした。

『続ボラット~』にしてもそうですが、Netflixの『Mank / マンク』にしても、『マ・レイニーのブラックボトム』にしても。

どれも決して多くの観客を集められるタイプの映画ではなく、物凄く人を選ぶし、最大公約数を狙った映画ではないことは確かです。そこは興収ありき・観客の共感ありきの劇場公開作品と違って、サブスクリプション・モデルの強み。観客の共感を誘うわかりやすさ以上に、話題性・自由度の高さを魅力として著名映画作家が集まること(それによって期待値を高めて会員を集めること)のほうが配信事業にとっては重要なんですよね。

近いうちに記事にしたいと思っていますが、『マ・レイニー~』は今まで数限りなく作られてきた黒人問題を扱った映画の中でも、一歩踏み込んだ映画に思えました。まさに大人のための映画と言える内容です。スケール感を味わう映画は依然劇場が断然有利で、それはこの先も揺らぐことはないと思いますが、内容的に踏み込んだ作品分野に関しては、配信会社のオリジナル作品がすでに一歩リードしているのかもしれませんね。

 

『ボラット』シリーズ、前作も続編も今amazon primeで観られます。

ちなみにボラットが発する挨拶「ヤクシェマシュ」って、当然カザフスタン語かと思いきや、ポーランド語だそうです。すっかり騙されましたね(笑)