夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族) -29ページ目

夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族)

フランスで出会い、嫁ぎ、娘が生まれて7か月、夫が膵臓癌になり、2020年4月に旅立ちました。闘病の記録として始めましたが、その後の日々の生活や想いも綴っていこうと思います。

予定どうりスキャンの画像を使って説明をうけて、昏睡してる夫の横で想うこと。

まず、振り返る。

先週木金は家にいて今思えばここから昏睡気味、栄養ほぼとれてない。でもまだまだ希望持ってた。今思えば良い夢見てた。まだまだ一緒に過ごせると。
もうすぐ来るであろうGel来たら夫は精神的にきついだろうな。4月7日のパリの病院の予約、私が言い出したようなもの、夫もすごい期待してる。私は既にすぐの手術は難しくて、まだ抗がん剤治療をする必要があるって夫が知ったときの心配(どう励ますか)、心配してました。

土曜日、昼夫が錯乱して入院。全く食べなくなった。
肝臓が機能してない事がわかった。

日曜日、点滴での鎮痛、しばらく入院する事に。まだ先生との会話が成り立つ。

月曜日、スキャン(結果は金曜予定)。腹水。Gelが始まる。

火曜日、朝夫が寒いと震えて敗血症とわかり抗生物質を点滴、死のリスク大。G先生S先生スキャンの結果持って大きい街の病院でミーティング。ここから夫の意識急速に無くなっていく。

水曜日、G先生にスキャンの結果を口頭にて知る。抗がん剤は効いてなくて癌が大きくなってる。夫の意識は無くなる一方と思われる。病院の許可を得て家族が会いに来る。

木曜日、抗生物質は効いて熱なくなる。夫とたっぷり素敵な時間が過ごせて、もしかしたら頑張ったら夫の意識戻るかもと期待。夜に看護婦に諭される、薬(モルヒネ)で苦痛(心身ともに)をなくし方が良い。夫が動くという事は夫にとって心身共に負担が大きく辛い、癌は進行する。自分の期待がただの欲であり、夫は私達の為に心も身体も癌と敗血症と今も闘ってると理解する。

金曜日(今日)、朝からMと3人で過ごす。スキャン画像を使って説明受けて夫の癌の実態を知る。あと数日の命。


今の想い。
病院と夫に感謝。

まず癌病棟のG先生始め病院の方々。ずっと画像での説明が無い、癌専門医S先生が直接面談しない、週2日の臨時の先生、に不満でした。
ただ、結果的にスキャンの画像を今日見たという事はベストタイミングだった、そう思います。
夫と私は今まで超プラスに前向きに、敢えて心に嘘もついて頑張ってこれた。いい夢見てた。
もし私だけでも画像見てたら、精神的に長い間苦痛だったと思う。頑張れなかった、夫共々。

そしてブログには書いてませんでしたが、私の父の事理解しました。
実は1月の時点でスキャンのCDを日本に送ってました。父は医者で、私が言うのもなんですが、優秀な医者です。(私には何にも遺伝しなかった。) セカンドオピニオンの相談もし、日本での見解をお願いしました。父は専門の知り合いに聞くと言いながら、なかなか連絡ない。話も何だか怪しい?(歯切れが悪い)
3月21日、先週夫が入院した時に懇願しました。視覚的にわかる肝臓の状況を。父手書きの絵の画像が届く。小学生のような絵、肝臓に小さめの丸が3つ。大したことないのか?とも思おうとしつつ、父が真剣でないかどっちか?と思ったりした。

今、解った。

父はきっと1月の時点でスキャンの画像見て解ってた。
もうかなり癌が進行してた事を。
子供の頃厳格で尊敬と共に怖かった、父。大分丸くなったとは言え、私と夫の結婚を誰より、ぶっ飛ぶくらい喜んでた。初孫も。

癌の実情は私を傷つけないため、守る為に、隠してたんだ。
ありがとう。頑張れました。
今、真面目な父の下手な絵、笑えます。



先週土曜日から毎日、ショックが続きました。
その都度、病院の方々のショックを消化するための言葉を頂いて、このブログでもコメント頂いて、
一日一日、ボロボロながら、ちょっとづつ這い上がりながら今日に至りました。
何かが1つでもズレてたら傷つき方はもっとひどかった、そう思う。
運も合わせて、成り行きは最悪の状況ながら最善だったと思える。

そして夫。

なんて優しい人、凄い人。

ずっと恐怖と悲しみがあったはず。
苦しくて辛かったはず。

でもいつもMと私の為に頑張ってた。
「君たちがいなかったら、絶対鉄砲で頭撃ってた。」そう言ってたし彼はそうしたでしょう、そしてその方が楽だったかもしれない。
闘病中も3人家族として過ごしてました。変わらず私達、他の人々の事を考えようとする人でした。元気な時よりも闘病中の方が私達と過ごす時間、長かったな。
それはそれで幸せでした。

入院のタイミング絶妙で、
冬の間は家にいて、まさにGelが起きた頃を狙ったかのように入院、意識混濁。情熱をかけて構築してきた仕事ができない。彼に意識があって家にいたら、、、どんな精神状態になるか想像したくもありません。むしろ、彼の魂は畑に行ってぶどうの新芽を守ってたのでは、なんて。
そして今まで治るために耐えてきた抗がん剤が効いてないというスキャン結果、パリの病院の手術も不可というショック等
を受ける事ないタイミングで昏睡。
敗血症になって辛かったろうに、彼は私たちに事前に死期が来た衝撃を事前に与え、
さらには癌とも敗血症とも戦いながら、私達に時間をくれている。

火曜や水曜日に急に旅立ってたら、ショックと精神的後遺症ハンパなかったでしょう。
勿論、悲しみの大きさは変わらないけど、
強がりには違いないけど、
でも今ちゃんとたっぷり、見送るまでの時間くれてる。
温もりくれて私を支えてる。

夫自身が身を削り続けて他でもない、私とMの為に頑張って生きてる。

なんて立派で優しい人。
私、あなたの妻で幸せです。

今、言える。
夫よ、充分すぎる、頑張ったね。
ありがとう、
愛してる。

もう苦しまなくていいよ。
一緒にいるから。
一緒にいたいから。

どこでもいつでも変わらない。

あなたのいつも言う通りなのね、
「僕を信じて。」

どうするのが1番いいか、あなたわかってるんだね。
また明日。
おやすみなさい。