昨日は、午前5時起床で、朝食も摂らず、横須賀線と京浜急行線に揺られて、10時に旧古河庭園の門に到着。


この古河庭園は、1917年に建築されて以来、90年たつのだが、あるときは当主古河寅之助一家の私的住宅だったり、古河家の迎賓館だったり、戦争中は陸軍に、戦後は進駐軍に接収されたりと、とさまざまな歴史の変遷を経てきた建築で、鎌倉にもあるのだが、大正時代に建築され一度は荒廃したが、最近復元された建物だ。


わたしは、とりわけ、この頃の建物が好きだ。この頃の建物は、日本のよさをたっぷり残しておいて、洋風の合理的な部分を加えている。一度はこんな風な家に住んでみたいと思う。快適さが見て取れるからだ。


まず、玄関ホールも二階のホールも広いが、全ての部屋がこのホールに面している。


和室も部屋側のふすまを開けると、50センチメートルほどの板の間をはさんで、ドアがある。そのドアを開けて、広いホールに出る。


ある和室の部屋は、押入れを開けると、半分は空間のダクトのようで、階下で燃料を燃やした熱が、ふすまを開けると、流れ込んでくるように設計されていたりする。


ガイドの人が、〔触らないでください〕とまるで紙細工のように大事に保存されているこの洋風建築は天井がとても高く、天井まで、当主の好きだった薔薇の柄の壁紙が張られ、それも、ピンクや青などあまり主張をしない可愛い薄い薔薇の花なのだ。


当主の寅之助氏は、アメリカコロンビア大学にも留学経験のある、なかなかgood-looking guyで、色素が薄くて、日本人離れをした容貌をしている。結婚式の写真が飾られてあったが、花嫁は、きりっとした眉と面高で意思の強そうな女性である。昔は、ぼやけたような表情の女性が多かったのにもかかわらずだ。


それもそのはず、面差しが伯父である西郷隆盛に似ていた。おすべらかしと十二単で正装していて、お二人は美男美女で、現代には(そしてたぶん当時も)見ることのできないような品と豊かさで栽培されたようなカップルに見えた。現代ではまず見られない。


部屋と部屋の間の欄間もすっきりとシンプルで、細い竹か木が斜めに一面に並べられてあるだけだ。花や動物や景色などが彫られてある欄間しかしらなかったから、意外さに驚いた。確かに、既成概念にとらわれていないよさがこの時期の建物にはある。


一万坪の庭は、洋風庭園と和風庭園があり、洋風庭園は、フランス式とイタリア式にわかれている。散策をしたが、かなり歩きがいのある庭だ。興味深い形のバラ園などスケッチをしたりカメラを構えている人たちもたくさんいた。


この建物は建築されて、90年でしかない。しかし、この贅をつくした建物の当主は今はなく、財閥は消え、昔の栄光だけだ。今は東京の管理する都立公園である。

人間とはほんとうに一瞬の存在だ、とこういう建物に行くとよく思う。


今でも忘れられない大伯母が嫁いだ家も千坪以上の土地に家屋敷があった。今でもその地方では名前だけは、鳴り響いた家だ。