アメリカドラマ〔アグリーベティ〕をたまに見るのだが、このドラマはコロンビアの〔ベティ-愛と裏切りの秘書室〕が元になっている。、わたしはこのラテンのソープオペラに一時夢中になって、TVにかじりついていたものだ。
わたし的には、コロンビアのほうが楽しめた。
黒髪で歯の矯正器具をつけて口のまわりには口ひげを生やした頭はとってもいい女の子がいる。学歴と経済学の資格はたくさんもっているが、醜さのためにどこも彼女に就職のチャンスを与えてくれない。しかし、やっと、写真をつけなくてもいい履歴書のおかげで、有名なファッション会社に入社。
憧れのの社長アルマンドに気に入られようと、彼のために必死に働き、男性に慣れていないためのおおいなる勘違いもあって、最後に彼と結ばれる。会社も彼女のものになる。
すばらしくダサいファッションも厚ぼったいめがねも彼女がさまざまな経験をするとともに洗練されていく。
なにより感動的なのは、醜さよりも彼女の誠実さと頭のよさだ。やっと入社できた会社で、、おしゃべりと噂話で、いつ仕事をしているかわからないブサイク組みの一員として、周りの人間を彼女のフアンにしていく、本当におもしろいドラマだ。
周囲に、ゲイのウーゴという男性やら、意地悪秘書のパトリシアやら、アルマンドの婚約者のマルセラという知的美人を配して、毎回事件が起こる。海外で醜いことはhopelessなのだが、うたれづよいベティ-は、毎回天国と地獄を経験していく。目がはなさせないのだ。
アメリカ版は、カジュアルすぎて、からっと明るい。アルマンドに対するダニエルも全然平凡で、香りのないただの男だし、金魚鉢のなかの熱帯魚を見ているような気がする。
カラフルな服をきた出演者が右往左往している感じ。
アメリカ映画ってこんな俳優が多いなあ。こぎれいだが、隣のねえちゃん的で、
ドライフラワーみたいだわ。
アルマンドはセンスがいい、素敵な男性だが、女性にだらしない、婚約者がいてもまあ次々にモデルやら得意先の女たちに手を出す。そして、その女性たちが酔っ払ってオフィスに押しかけたりするのだが、みんな可愛いの。自然な感じで。慣れたアルマンドは得意の弁舌でまだ愛しているといいながら、二人の関係を続けることがいかに困難か、非情な気持ちをマカロンのような甘さに包んでささやくのだ。
それにアルマンドのくどきの言葉の語彙の豊富さに唖然。美しい女性を見ると自動スイッチが入って、相手をとろとろにしてしまう言葉が流れ出してくる、いいなあ。
そのアルマンドが、ビジネスで失敗しそうになって、会社のために、使命感をもって、ベティにキスをしなければいけなくなるのだが、
車の中で、その気になれないアルマンドは、ベティに空の星を見るようにいって、その隙に持参した美人モデルの写真を見て、感情を高まらせてキスをする。
あちらの女性は、美人と醜女の差が歴然として、美人で上流社会のrich&famous
は、やっぱりrich&famousと結ばれる。日本でもそうかもしれないが、
美と醜、富と貧の差が激しい。
ベティやほかの人たちも、〔わたしのように身分の低い女が・・・〕とか、
〔アルマンドさんやマルセラさんのような身分の人たちは・・・〕とか、2000年に作られた番組なのに、コロンビアというラテンアメリカの社会をあらわしている。
だから、男はあくまでもマッチョな男で、女はとても女らしい。
わたしは、ベティ役の女性のアナ・マリア・オロスコの写真を見た時、びっくり驚いてしまった。モデルの彼女は、金髪で、cuteな美人なのだが、この役をもらうのに何ヶ月もかかってつらかった、と言っていた。歯の矯正器具をつけてけいこをしたり、まあ、あれだけの美人が、完璧に180度変身した女性になることは、仕事とはいえ、内心はどうだったのだろう。
でも、このおかげで、彼女もアルマンドも、だれもかれもこの番組に出演した人たちは、人生がかわった、とアルマンド役のホルヘ・エンリケ・アベリョがインタビューに答えていた。興奮した面持ちで、そして役柄よりもちょっとだけ率直な感じで。
世界35ヵ国でコロンビアのテレビ番組が放映されたなんて、人生もかわるだろう。
アメリカ版のベティは、実物もテレビの中もあまり変わらないように思う。失礼だけれど。
初めて見たラテンの国のドラマにここまではまるとは。
後に続いた、
〔ビクトリア、愛と復讐の嵐〕でも、ラテンを堪能した。
ドラマの最初と最後に、スペインの闘牛士っぽい格好をした男性歌手が愛を情熱的にうたいあげるのだ。どんな老人でも愛や不倫や浮気を語るし、仕事をしている場面があまりない。たまに仕事をしている男性も上半身裸でむきむき。女性は、使用人でもへそだしルックだし、GNPが低いのも、個人のamourを大事にしているから当然なのかも。
日本人と比較すると元気がいい、と思えたものだった。