ローレ姉妹の私宅にわたしが加わって、女3人の生活は、気楽だった。朝、起きるとロレはいないことが多かった。一家のお菓子会社の経理をまかされているので、朝早くから出かけていた。
アマーリアとわたしはのんびり起きて、コーヒーとちょっとした菓子パンを食べた。アマーリアはコーヒーだけ、というのはこれ以上堂々となりたくないから用心しているのだった。わたしは、と言えば、今とは比較にならないほど、細くて、40キロ代。甘い菓子パンを2個食べても平気で、アマーリアは、わたしのウエストをじろじろ見て、
〔不公平だ。この子はこんなに食欲があるのに〕とぶつぶつ言っていた。
朝食の後、アマーリアは、ビジネスや社交の電話を数本かけて、二日に一度は昼ごろからでかけていた。後の日は、ベッドやソファでごろごろしていた。だから太るのよ、とわたしは思ったものだ。
わたしは、音楽を聴いたり、テレビで、クリスマス一色の街の様子を眺めた。ちんぷんかんぷんのドイツ語だが、クリスマスを伝える画面をみているうちに、ドイツ語と英語の類似性や、ドイツ語に入り込んでいる英語のおかげで、なんとなく意味がわかるのだった。
アマーリアが出かけると、姉妹で決めているのか、ロレが帰宅して、わたしがひとりきりにならないようにしていた。ロ-レは、繊細で他人に気を使うタイプだが、特に、わたしの世話をするのが好きだった。二人で簡単にランチを作ったり、ロレの友人たちとレストランに出かけて〔今日の定食〕を食べたりした。
ロレの友人たちは、ローレと同じように、良家の子女風で、可愛いか、美人で、同席するのが楽しみだった。意地悪ではないが、今までのように、ロレがフイアンセの元を去ったのでなく、フイアンセが他の女性を妊娠させて、結果的にロレの元を去ったという事で、口には出さないが、ロレを気の毒だ、これからどうするのかしら、と憐れんでいた。ロレはその感情に敏感に反応して友人たちとあってもあまり嬉しそうでなかった。あとでふさぎこんではたまに愚痴っていた。
ある日、親類のおば様のお見舞いに行くと、ほかの親類や知人も数人集まっていていたが、現在親戚中の噂の主のロ-レにどう対応していいのか、その場のみんなの顔に当惑が現れていた。
指のダイヤをほめられても、後で、
〔ああ、みんな集まって、ぴいぴいくだらない話ばかり。こんな小さなダイヤをほめるなんて・・・。この間おばの長女に会ったら、大きなダイャをつけていたのに・・・。〕とつぶやいていた。
親戚中や知人の間に、おひれのついた噂がとびかって、このところ、いつも下を向いて歩いているロレだった。
到着して数日立つと、アマーリアが、一家のお菓子工場に連れて行ってくれた。
〔わたしたちはこうやって、何代もお菓子を製造してきているのよ。父も祖父もね〕とアマーリアは運転しながら、誇らしげに言った。
白い服と帽子を身に着けて、長靴もはいて、工場に入っていった。充分広い工場は、掃除がいきとどいてぴかぴかに清潔で、オートマ化されているが、中年の従業員が男女合わせて15人ほど働いていた。
終了時間ちかかったせいか、ほとんどの従業員があいさつをして、出て行ったが、残った数人の従業員が工場の横の事務所のテーブルについた。アマーリアがわたしを簡単に、紹介した後で、コーヒーが出された。アマーリアと責任者たちとの会議があるらしい。
上座に白衣のままでどっしりと座ったアマーリアは、リーダーらしい年配の男性従業員から報告を受けながら、渋い顔をしたり、うんうんうなづいたりしていた。
そのとき、ドアが開いて、だれか現れた。ドイツ人にしてはやや小柄ですんなりしている男性で、アマーリアは、ああ、と親しげに挨拶をした。ほかの人ともなごやかに言葉を交わして、すぐ会議に参加した。彼女の会社にビジネス的にかかわっているらしかった。
アマーリアが、その男性をウオルターだ、と紹介してくれたが、わたしの方をちらりと見て低く挨拶の言葉をつぶやいただけだった。
工場からの帰り、街の図書館に寄った。受付の女性は、アマーリアに愛想よく笑いかけた。アマーリアもニコニコ笑いながら、
〔日本からの友人で今自宅にいるけれど、どうもドイツ語が話せないから、コミュニケーションがうまくいかないの。ドイツ語を話せるようにさせたいから、文法の本を貸してください〕らしいことを言って、
結局、3冊のドイツ語の文法とちょっとした小説を借りることになった。
確かに、ヨーロッパの言葉は、似通ったアルファベットだから、学ぶのにそれほど苦労するとは思わなかったが、ドイツ語の発音が、その頃のわたしにはあまり綺麗に聞こえなかったので、英語にドイツ語の発音がはいるのがなんとなく抵抗を感じた。それに、第一、わたしはドイツに旅行で来ただけで、短期間滞在者だ。ドイツ語より
フランス語を磨きをかけたいわたしは、彼女たちがわたしのドイツ語習得の計画をなぜたてたのか、理解できなかった。
〔英語がそんなに上手だから、ドイツ語だって苦労しないでしょう。ここはドイツだからドイツ語で話すこと〕。
と、急にわたしにドイツ語を学ばせるのに熱心になったアマーリアは、翌日から、わたしがドイツ語の本を開いているときは、ビジネスの電話もせずに、熱心にわたしにドイツ語を教えたがった。外出すると、
〔1,2,3・・・〕と上る階段の数を数えさせた。