10年以上ほうっておいた原稿をとりだして、来年の出版に向けて歩き出している。

280枚は仕上がっている原稿だが、これは、10年以上前に出版した、第一作の前にとっくに出来上がっていた。

イギリスに留学した後、カナダやフランスに就職した体験記、そのときであった人々との交流など、けっこう大作なので、第一作にするよりは、英語や語学に関しての本を出して、それから出せばよい、と出版社側と話がついたので、急遽書き上げた、第一作の〔みんなが英語を勉強してる〕は研究社の時事英語研究にもAmazonの推薦で、とりあげてくれたのだが、出版社の経営がうまくいかなくなって、倒産。

あの時は驚いた。

まあ、出版の威力はあって、いろんな人が訪ねてくれたり、ネットでいいreviewを書き込んでもらったり、と本を出すということはこういうことなのか、と思える出来事もあった。

 

わたしの編集者だった若い女性が、わたしの280枚を引き続き編集してくれていて、大船にのったつもりでいたのだが、突如、彼女はわたしの原稿を投げ出して、国立大医学部に入学してしまった。

29歳の彼女は、影武者の編集者という仕事でなく、医者という確固とした職を手にいれたかったのだろう。

妹さんが医学生をしている大学に入学してしまった。

それからは、あれやこれやが周辺におきて、わたしもその280枚をどこかに置き忘れた感があったが、

最近、身辺がおちついたせいか、そろそろ出版したいと思い出したのだ。

今だ、という気持ちがする。

10年前は、紹介で、大手の出版社の、偉い方たちに読んで頂いたのだが、出版社のその年のテーマに沿わなかったようで、残念ながら、ということになった。

いただいたひとつのコメントがわたしの頭にはいっていて、なるほど、と思われた。もっと深く、詳しく書いてください、ということ。

自分でわかっているのではなくて、知らない人に印象付けなければいけない、ということだった。

 《わたしは、子供の頃から、新聞社のコンクールなどで入賞がなんどかあったが、大体、同じようなコメントをいただいたものだった。一次、二次にパスして、現地で限られた時間で文を作るとき、はしょる癖があった。緊張感から早く抜け出したいという気持ちだったのかも。短い時間に文章をおさめることに慣れていなかったかも。

英文同人誌の会員だったときは、わたしの英文は詩のようだと、ほめられたが、英語と日本語で書くのとは、

違うのだろうか。単にたっぷり時間があったせいからかもしれないが》

 

今回、コメントの中にお褒めの言葉もあって、人間の感情の変化を描くのに、あなたほどじょうずに書ける作家はいない、と。これは純粋に嬉しい。

 

この当時、なにかの賞に応募したらどうだ、たとえ受賞できなくても、最終選考に残れば、道は開ける、と知り合いの出版社の社長さんに言われたが、その頃、鎌倉で開いている英仏語学教室に押し寄せる生徒さんたちとのあれこれが忙しく、またそれに伴って、簡単に経済的に潤っていくことで楽な方向にライフスタイルがいってしまった。なんといっても、書くことは、世界で一番大変な仕事だと思う。片手まではできない、ことは一作目でよくわかっていたから。

 

この一ヶ月は、本棚から取り出した原稿を読み返し、読み返し、しながらの毎日だが、ひらめきが降りてくるのを待って、数日立ち止まることもある。そして、一度書いた原稿を次の朝読むと、また書き直してしまう。

怠け病のわたしだが、今度は、絶対に、この原稿を、自分史としても、本にしたい。

 

人の人生はいろいろだ。宝石や美しい服やVIP的なライフスタイルだけでは満足できない自分自身だということは、今までの生活でよくわかっている。

自分の魂が喜ぶ生き方は、わたしにとって書くことだから、もうよそを見ないで歩んでいきたい。

自宅に近い由比ヶ浜大通りに、入浴後や夕涼みに羽織るのにちょうどいいようなcasualな服を売る洋品屋がある。店の前に、文庫本の入った箱が置いてあり、misteryなどのわたしが手に取ったことのないような本が多い。店主の知人が読んだ後に寄付した本が置いてあるのだそうだ。

 

ある日、ぶらぶら歩きながら、cafeで読むのにちょうどいいかもと、その店先で立ち止まり、数冊購入した。期待していなかったが、そのなかの【下宿人が死んでいく】-Charlotte Macleod-がいきいきとしたユーモラスな描写ですっかり、魅了されて、早速図書館で彼女の本を数冊借り出した。

Charlotte Macleod(1922-2005)は、カナダ生まれだが、23年アメリカ国籍を取得し、コピーライターや司書をしながら、三つのシリーズを書いた。

 

セーラ・ケリングシリーズとシャンディ教授シリーズとアリサ・クレイグシリーズである。

わたしは、セーラケリングが大のお気に入りで、農業大学栽培科の教授である57歳のシャンディ教授シリーズは、植物の名前には全く歯がたたない。博学な作者の本の内容にはわたしもずいぶん刺激されされたが。

 

主人公、セーラ・ケリングは27歳のアメリカ女性。イギリスから新大陸アメリカに渡ったアングロサクソン人-イギリス人-の先祖をもつケリング一族のひとりである。一族は、マサチューセット州に住む。

 

父親の親友と結婚したセーラが、夫と姑を事故でなくし、下宿やを始めるのだが、登場人物の生き生きとした描写はすばらしい。わたしが一番知識のないアメリカの1960~1990年代の文化、社会描写を読むことが勉強になる。わたしが相当深い、と自負しているイギリス-アングロサクソンの文化やフランス、ドイツはともかくアメリカには一年は住んだが、あまり好きになれなかったせいか、アメリカにはあまり魅力を感じていなかった。

各国の田舎のcommunityがそのまま移植された感があり、カナダもそうだけれど、まさに新大陸。彼らが自分たちの文化を背負い、かつ新大陸になじみながら、アメリカという文化をつくりあげた、その過程がどうしても見えなかったのだ。

が、この本を読んで、作家に感謝。まさに眼から鱗で理解が深まった。

登場人物の背負うcultureの複雑さ。

 

セーラは、アングロサクソンだが、雇っている女中はヒスパニック。

下宿人の一人であるシオニアは、ジプシーの母親と調査研究にやってきたエール大學の学生との間に産まれた女性。50代だが、出会う男性をすべて茫然自失にさせるほどの魅力の持ち主。セーラの従兄と後に結婚する。

 

殺人事件の目撃者のメアリ・スミスは廃品回収の女性だが、セーラの叔父の一人と結婚。高齢者廃品回収の会社を作ろうとする。彼女はアイルランド系である。

そしてセーラは、夫が死んだ後、美術鑑定家のユダヤ人、マック・ビターソーンと再婚。ユダヤの食事や祭礼などが文章に出てくる。ひとりひとりの登場人物がそれぞれの文化を背負って、それを文中に反映しているものだがら、わたしはくすくす笑ったり、納得したり、感心したり、と忙しかった。mystery だが、純粋なmysteryではないかもしれないが、翻訳者にひとり優秀な人がいて(浅羽莢子-さやこ)彼女の翻訳を読むのが楽しみだ。原書をとりよせるより、彼女の文章に溶け込むと、膨大な知識が正確に手にはいる、と思えた。翻訳物でここまで熱心に読めるのはあまりない。

 

(翻訳物は、翻訳者の日本語のたくみさによる。あまりうまくこなれてなくて、裏に英語のsentenceが透けてみえ、楽しめないものもあった。)

 

1995年頃、Charlotte Macleodは、アメリカの女性作家の人気NO.1だったそうで、英語を母国語とする人たちのpartyに主席して、Charlotte Macleodの名前を出したら、ファンの人たちと会えるかも知れない。ひょっとして読書クラブに参加することになるかもしれない、とひそかに期待している。

 

本棚には、有名なイギリスのJane Austen の一生を書いた本がある。生徒が、ハワイ土産にと重い一冊を贈ってくれたものだ。19世紀の女性作家だから、時代背景は異なり、女性は貞淑さを要求され、活動的ではない。その中で、これだけの作品が書けた彼女を尊敬する。彼女の手紙や作品の一部のhandwritingが本に入れられて、この一冊も私の宝物である。

 

 

 

4)  29才  男性 無職

 

僕は、17 才の時、語学留学のため、オーストラリアのシドニーに渡った。むこうでは、2年半、一人で生活をした。現地の高校に編入し、毎晩勉強に没頭した。英語だけでも3 時間費やした。そのおかげで、日本に帰国するときには、かなり英語が上達し自信がついた。

 

しかし、帰国してから自分が選んだ仕事は、肉体労働ばかりだった。-とび職、

配達、造園、米屋など-,汗をかいて、ストレス発散、収入もいい、そんな仕事が人間関係で窮屈な日本で自分の気が楽に暮らせる。

それから10年あまり。英語をつかう機会がなかったし、こんなことばかりしていては、と今年の春から、調理師の資格をとるため、学校に通うことになった。

 

フランス料理に興味があるため、フランス語を習うことにした。その時選んだのがエコール・アンシャンテだった。学生時代を思い出すようなスパルタ的(のんびりした僕にはそう思える)な教え方の先生はとても厳しい。一度など、レッスンの途中で帰ってしまったことがあった。でも、なぜか、ずるずるとここのレッスンにもどってしまう。

今年の1 月、ハワイに行く機会があり、ユースホステルで海外の人達と約一か月生活を共にし、久々に英語で生活をした。英語力は錆びついていて、10 年間前のように話せなかった。

 

帰国して、エコール・アンシャンテに戻り、フランス語に加えて英語も学びなおすことにした。フランス語も少しずつ上達し、英語の錆びつきも磨きがかかりだしたこの頃、ゆっくりと毎日が変わりだした気がする。

マイペースで自己中心的な僕だが、先生は、それでいい、それが僕だから、と言う。でも、なにかしたいこと、なりたいことがあるでしょう、それをつかんでね、という。

僕の生活が少しずつ色彩を帯びてきて、希望のようなものが表れ始めた気がするこの頃、仏語のテストを受けてみようか、と思い出した。

 
5)  21才 ( 女性 短大生→大学生)
 

 
短大生だった私が、学校とは別にフランス語を習おうと考えたのは、大学への編入試験のためでした。しかし、編入試験のためだけに勉強するのは嫌だったので、試験のための文法と、その後のために、会話も習いたいと考えていました。まさに、Ecole Enchantee は、私にぴったりでした。
  

編入試験前、エコールの先生は、過去問題を見て、アドバイスをしてくださったり、試験に合わせたレッスン内容にしてくださいました。試験直前、わたしが不安でナーバスになっているときは、明るく力づけてくださいました。

無事編入試験に合格し、その1 か月後には、仏語検定試験の3 級にも受かりました。

 


また、Ecole Enchanteeに通うようになってから、学校の予習が格段に楽になり、成績も上がりました。というのも、先生が文法の基礎の基礎からじっくり教えてくださっているからなのです。

学校とは違って、個人レッスンなので、のんびり屋の私でも、短い期間で確実に実力をつけることができました。週一回のレッスンで、時間としては短いかもしれませんが、内容はとても濃いです。今ではこの時間が私にとって、欠かせないものになっています。

 


将来は、学芸員になりたいと思っています。資格をとって、美術館や博物館で働きたい。学芸員になるには、フランス語の2級、準1 級を取得しておくと有利です。そのためにもっともっと勉強しようと心に決めています。先生に鍛えていただこうと思います

 

 
 
 
6)29歳 女性 (国立大学院卒  エンジニア→大学助教授)
 
 

敬愛なる欧米文化科の先生へ

 

① 経験に基づく豊富な知識

 

--文化編--

 

先生ご自身の海外における豊富な経験や、特に文化的にいろいろなことをよく知っておられること、何事にもしっかりしたpolicyをもっておられること。これらが英語を学ぶというよりも英語を通して何かを勉強する、といったところにまで

レッスンを高めているように思います。毎回、本当に新しい驚きや発見をしながらレッスンを受けることができます。これが先生のレッスンをもっとも個性的、魅力的にしているものだろうと思います。

 

--教育編--

 

教え方の技術をよく知っておられると思います。いつのかにか、一生懸命宿題をしたり、、文章を暗記したり、という状態になっていました。

 

具体的には、選択する教材が面白く、工夫にとんでいること、宿題の暗記文章を丁寧に聞いてくださり、やる気を出させること、たとえば、『woman』の発音は、[魚万]といったように、細かいは発音の覚え方のコツなどをよく知っておられるということなどであると思います。

 

② 先生ご自身の人柄

 

こういった勉強、習い事は先生のお人柄、性格、カリスマ性をいったものが重要であると思っています。厳しくもあたたかく、といった姿勢が大変ありがたく思います。また、おそらく一日中、たくさんの生徒さんが訪れているでしょうが、いつも疲れているご様子など決してみせないのは敬服します。

 

③ 時間に厳しい姿勢

 

当たり前にょうで、なかなか実行できないことのひとつとして、時間厳守ということがあります。特に、他に予定がある場合なども時間厳守してくださるので、組み込みやすく、結果として長く続けられる大切な要因のひとつであると思っています。また、いったん授業が始まると、時間の無駄が少しも内容、カフェオレさえレッスンをしながら入れてくださるという姿勢が大変ありがたいものに感じます。

 

 
 
 

7)  42 才 男性 投資銀行勤務

 

私がエコールアンシャンテにお世話になり始めて1年ちょっとになる。

40 才を過ぎて、突然外人相手とのビジネスをしなくてはならない投資銀行のセクションに異動し、なんとか特効薬、を思ってかけこんだのがはじまりだった。

 

これまでの英語と

 

のつきあいといえば、大学はミッション校であったし、サーフィン好きが高じて毎年ハワイに行ってはいるものの、ビジネスの英会話はさっぱり、というのが英語の実力だった。

 

 

そんな英語を、この年から、いかにimprove できるか、過去ラジオの英会話や数々の教本にトライしてみたが、長続きせず、最後の覚悟をもって、すがりつくように飛び込んだのが、エコール・アンシャンテだった。

 

何事に関しても、飽きっぽく、続かない性分の自分が曲がりなりにも一年以上も通い続けているのは、なぜだろう。

 

ちょっと厳しく、ちょっとリラックス、という心地よいメリハリのあるレッスン、また駅前にあるようなスクールと違って、文化の香りのする独特の土地と、教養と経験豊かな先生が自分の年齢にあっているのかと思う。

 

最初はテキストを暗記して、見ないでリピートする、といった何十年ぶりの緊張感、容赦ない早いスピードでの先生のヒアリング、最後に次回までのたっぷり??

の宿題・・・と数々の苦難を乗り越え、ようやく少しずつ英語(ビジネス)のスピードになれ、暗記も以前より楽になってきたかと感じるこの頃である。

 

始めたころは、目先の外人との会話が何とか少しでもできるようにとあせっていたが、そんなに甘くはない、といいうことを最近はわかってきて、気長にimproveをめざしている。もちろん、目先のビジネスのため、という目的はあるものの、もうひとつは、たぶん、10年後は、ビジネスも私生活も英語なしでは生きられない環境になるのでは。

そんな将来に、英語の生活をenjoyでき、例えば、10年後にでもハワイに住んでローカルサーファーと会話し、レストランに、映画館に、なんの不自由もなく英語の世界が広がっていく、そんな自分を夢見て、また鎌倉の山道に自転車を走らせる。

 

8)  27才  客室乗務員 真紀

 

いつも澄んだ声で電話に出てくださる先生。先生と私の会話は、英仏の挨拶の混じったものがお決まりだ。

 

フランス語のレベルをキープするために、また飛行機会社で必要な英語を磨くために、英仏語両方堪能な先生を探していた。そんなときに、あるスーパーで見つけた先生のアノンス。

早速電話をしてみるとてきぱきとした前向きな話し方で、すぐお会いすることになり、また、

レッスンでは今までうけたことのない早い授業展開に驚いた。

 

まず、英語の発音を徹底的に直され、どんな人との会話でも恥ずかしくなく

対応できるようにと、という先生のポリシーから、英国式上流の発音を叩き込まれた。

この徹底した発音訓練のために、一緒に働くイギリス人同僚から、、

〔私が普通のスピードで話しているのに、それに対応していけるあなたは、珍しいわ〕

とまでいわれたこともある。

 

先生と出会うまでは、仏文科卒を理由にとても惨めな英語力だった私からは、想像もつかない。

先生には本当に、本当に、感謝している。


先生のレッスンで一番好きだったのは、初期の頃のイギリスの小話の聞き取りである。

sense of humourあふれる話が毎回楽しみだった。

 

4年間大学で勉強してきたフランス語の維持も先生のお手製のプリントを使って、よく使う

phrase 等を勉強した。これもかなり実用的で、いろいろなsituationを想像し楽しみながら

勉強でき、そろそろフランス語の雑誌で時事的な記事を読んでいこうとしている。

英仏語の勉強だけでなく、常に前向きな発言で私の気持ちをたかめてくださる先生。随分と

はげましていただき、自信とpowerをたくさんいただいている。

先生のエスプリは、これから私の中の向上心の大きな支えになってくださっている。