1)  41才  女性  栄養士

 

Ecole Enchantee までの道のり

 

このタイトルをつけたいほど、過去を振り返ってみますと、英語に関しては、おおげさではないのです。

 

小学生、おそらく一年生の時、英語の歌をまねて、発音の練習。それから、中学生になり、初めての授業は、わくわくしながら受けた記憶があります。なのに、高校生の頃は大の苦手になっていて、担当が日本女子大出のばりばりの優秀な教師。ますます苦手意識がつのった。

高校2 年では、フランス語が加わった。この先生が東京外語大出の美人。すっかり憧れて、一生懸命勉強してかなりの成績がとれた、が、英語の文法は苦手、苦手。

家庭教師をつけられたり、塾に行かされたりしたが英文法の勉強だったので、英会話はどんどん遠のき、はるかかなたへ。しかし、いつも話せるようになりたい、という意識は心の片隅にあった。

 

ある日、私って、英語の才能はゼロなのでは、と思いながら、買い物をしていると、Ecole Enchanteeの広告のチラシが目に入りました。

もう一度、もう一度だけ、最後のチャンスと思って、と心が動いたが、レベルが高そうとではないか、少し迷った。でもまあ、一度電話をしてみてから・・・と、きれいな発音と声にすっかり外国人と想像して、ドキドキしながら、先生にお会いして、びっくりした。

 

     日本人だった・・・

 

綺麗な英語を学びたいと思っていた私は、ゆっくりながらも、暗記やテキストの読解を練習しながら、英語の知識を増やしている。先生は優しいが、厳しくもある。

英語の単語も語源を理論的に説明してくださるので、驚くほどの速さで、語彙力が増える。ああ、学生時代に、お習いしていたら、悩むことも困ることもなかっただろうに・・・。

最近、友人3 人と旅行したカンボジアだが、買い物がとても楽しくできた。店員さんや、ホテルのフロントでも、英語が上手ですね、とほめられ、嬉しくなった。

今までは、単語の羅列だったから、文章をきちんと話せることが自信になった。頭の中では、スクールで使っている教科書の文章を、こちらを使うべきか、それともあちらの表現が、とページをめくりながらだったけれど、嬉しい旅になった。

 

これからも、すごいパワー(先生が出している)に包まれながら、励まされながら、綺麗な発音の言葉を話せる私になりたい、と思っています。いつの日か。

 

 

2)  78才  女性  詩人  

 
私は今、月に二回エコールアンシャンテの先生のフランス語のレッスンを受けております。

40年余の昔、仏語の辞書を片手に、原書を少しは読んだりしていた時期がありましたが、いつしか、そんなことから離れてしまって、簡単な単語すら忘れ去っていました。

 

最近、ヨーロッパの中世の美術をめぐる旅に参加して、フランスでしたが、地方の風景や町村のたたずまいに親しみを「覚え、これからも機会をとらえてできるだけ参加してみようと思うようになりました。勿論言葉は初めからわからないものと決めていて、気楽に皆の後についていけばよいつもりの旅で、それで事足りるのですが、美術館などで求めたパンフレット目録やを手にして、少しは理解したいと思う場面が度々でした。でも旅はいっときのもの、この年になって旅のために、再びフランス語に挑戦するのは、自分の持ち時間のことを考えますと、時間的な犠牲が大きく、やめておいた方がよいと思っていました。

それなのに、高橋先生のレッスンを受けることになりましたのは、第一に家から先生のお家まで片道5 分の近さであること、今考えますと不思議ですが、全く軽い気持ちのはずみで伺ってみたのです。そして、半年ぐらい続けてみて無理とわかりましたら、きっぱり止めるつもりでした。

 

今、5 か月目に入ろうとしておりますが、記憶が少しずつ戻ってくるようで、とにかく続けてみよう、そして辞書をあまりひかずに簡単な文を読み取れるようになろう、更に欲をだせば(これがわたしにとっての一番の苦手です。

( C'est ma bete noire.) 易しい応答ができるようになれば、との希望を抱いています。

 

先生のレッスンを受けての嬉しいことは、、先生は西欧で教育をうけていらして、発音が全く日本人風ではありません。それゆえ聞き取るとことはより困難(今はさっぱり判らぬも同様) ですが、お読みになる文章の音の流れを聞いているのも楽しいことです。使っているテキストはよくできていて、絶えず反復して努力すれば自然に単語も短い文章も頭に摺り込まれるような具合になっていると思います。

 

年と共に読書の速度が落ちてきたと感じる日々でしたが、フランス語のレッスンを始めて、なんとなく今までよりも早く読めるようになった気がいたします。横文字を見るという視覚面から何か刺激を受けているのでしょうか。大変うれしい副次的な賜物でした。二年ほどすれば、どの程度の理解力が付くようになっているか楽しみではありますが私の努力次第なのだと思っております

 

3) 事務員 女性  48才
 

私がエコールアンシャンテの先生のもとで英語の勉強を始めたのは、2014年の9 月の中ごろです。

それまで、約5 年間外国人の方のレッスンをうけていましたが、転居され、レッスンが受けられなくなりました。以前、レッスンの先生のことでは苦い経験もあるので、約2 年近く、新しい先生を探していました。

 

2014 年の8 月頃、近くのスーパーで、英語フランス語を教えるという先生のパンフレットが目に留まりました。今までも多くの同じようなパンフレットを目にしましたが、今回のは、今までとは違うぞ、と直感しました。

 

それは、先生の経歴と資格でした。英語が話せるイコール語学の先生とは別のものだということが今までの経験でわかっていましたので、書かれてある、先生の経歴と資格は大きな魅力でした。

しかし、後日、先生と電話で話した時、日本人とわかり、かなりがっかりしました。

≪英語を習うなら外国人、日本人の先生なんてとんでもない、学生時代に日本人の先生に何年習ったの?≫

でも、ほんの数分でしたが、話をしている間に、ぜひいちどお会いしたいと思いました。

 

お会いした時の印象ですが、派手さがなくごく普通の、上品な女性。(今まで外国で出会った日本女性の派手なメークや髪形に慣れていたのです。) それでいて、全身からエネルギーが満ち溢れていて、そのオ-ラにわたしは惹きつけられました。

 

先生は、わたしに、何のために英語を勉強するのですか、と聞かれました。-

今まで、考えたこともない、ただ何となく、勉強-習う、違うの ?

 

今まで何のために英語を勉強するのか、私自身考えたこともなく。英語に関するテストも一度も受けたこともありませんでした。今まで習ってきた先生たちもテストのことを勧めてくれたこともありませんでした。

 

結局、エコールアンシャンテに入学し、もう四年近く。先生の勧めで (いやいや) 数回英語に関するテスト-国連英検、TOEIC-pを受け、勉強,、と習うの違いを知りました。また、国内外の出来事にも幅広く関心をもたなければダメだ、ということもわかりました。

 

また、過去の外国人先生方は、free conversationが中心でしたが、エコールアンシャンテの先生は基本を重視し、教科書を中心にレッスンを進めていますが、それが大事なことだということも実感しました。

(free conversationは生徒が間違っても、会話が流れていくので、正確な語学は学べないのです。)

基本をみっちり学んで、教室外で、間違わずに、自然な会話ができるように、ということに主眼が置かれています。

 

教科書も数種類におよび、テンポよく進み、また宿題も多く、自宅でどうやって勉強したらよいかわからない私には最適です。

 

先生は、私に、将来英語をどのように生かすのか、また、将来女性が何をするのか、何ができるのかなどを話してくれます。この二年間で、リストラと再就職を経験した私には、先生のいわれることは大変有意義です。先生は、わたしに、英語だけでなく、自分の将来を考えることも教えてくれました。

 

21 世紀、わたしは真剣に自分の将来を考えたいと思います。

 
 

 

 

書籍、ちょっとした電化製品、化粧品など、Amazonをよく利用している。が、最近、いろんなことが

スムーズにいかないのだ。

 

直近で購入した化粧水の受け取りが注文番号やらなにやらでトラブル発生で、相当手間取った。

駅近くのコンビ二を受け取り場所に指定しておいたが、なんとこのコンビ二に4回行かなければならなかった。

 

店内の機械に、受け取り番号12桁をinputしたが、その次に打ち込まなければならない番号がもうひとつあってそれは、11桁だとある店員はいい、もう一人は7桁という。

11桁はAmazonからの手紙には記載されているから、手元にあるのだが、この番号では合致してなく、かつ7桁の番号のほうはどこにもない。

 

今日は、二度訪れた、午前中で訪れたとき、認証番号7桁をinput する、ということがやっとわかったが、その認証番号はどこにjもmailに記載されていなかった。

 

若い店員が、【先日、あるお客さんが、認証番号がないから、とAmazonの会社に電話したら、まだ送っていなかったと、言われたらしいです。】と教えてくれた。

 

また帰宅。パソコンを開く。

もう一度チェックしたmailにもそれらしき番号はないので、やっとAmazonの電話番号を探し出し、電話。

 

電話に出た男性の声は英語は流暢。【少々お待ちください】と感じがよくしばらくわたしへ送ったはずのmailをさがしていたが、

【申し訳ありません。認証番号を送るのを忘れておりました】だと。

 

注文した一本の化粧水を手にいれるために、コンビ二に4回行った。歩数計は今日16000歩とあった。

 

Amazon とのビジネスは、以前はとてもスムーズだったので、サービスの質が落ちたとしか思えない。

 

何とかしてください。

 

長谷にすんでいる私は、歩いて1分の甘縄神社をよく訪れる。

(鳥居の左側に、川端康成氏の旧住居がある。)

 

目的は、神社の気を感じながら、読書をしたり、電話をかけたりすることだ。

今朝11時ごろ, 昨日図書館で借りてきた本を読み終えて、そろそろ帰ろうと鳥居につながる参道に向かった。

そうすると、ひとりの小柄な若い女性と眼が合って、彼女から

【コンニチワ】と頭をさげられた。

わたしも頭をさげたが、あれ、今の日本語でしょ、と思って、

英語で どこからいらしたの?

【Where are you from ?】と声をかけた。

【Romania】ルーマニア、からの女子大生で、休暇で日本に来たのだとか。

 

 

彼女の話す英語に相当強いアクセントがあるので、話しにくいのなら、

フランス語でもいいですよ、というと、

ルーマニア語だけしか離せないんです、と顔をあからめた。

あら、ルーマニア語って、言う言葉から、ロマン語と関係があるから、

フランス語を苦労なく話せる人が多いって、聞いたことがあるので、

とわたしは英語でいうと、

【1025年に・・・・】と

それは昔のことだ、と歴史的にどこから侵略されたとか、最近までロシアの影響があって、などなど

一生懸命説明してくれた。

白人、金髪で、美人でもなんでもない、平凡なのだが、感じがよくて、意見ははっきりしている。

ヨーロッパによくいる女性である。

 

ルーマニア、と言う言葉から思い出したことがあった。

新聞社に勤めている男性の友人がいて、もう数年前のことだけれど、

彼のもとに電話があった。

ルーマニア人の女子大生からで、早稲田大学に交換留学で一年やってきたのだが、

かれのふた従妹に当たるとか。その男性

のお爺さんの弟が、結婚した相手がヨーロッパ人で、ルーマニア人だったのだろうか。

彼女は、大叔父の孫娘に当たる女性だった。

 

突然の電話で驚いたが、その男性も早稲田大卒だから、喜んで

自宅に招待して、奥様が焼き鳥やすき焼き、てんぷらで歓待して、

かれの息子が近くの駅までおくっていったそうだ。国際親善。

なかなかインテリで、可愛い女の子だったそうで、一年いる間に

お正月などの日本の伝統的行事に招待してあげよう、と言っていた。

 

そのふた従妹は、全くの白人で、金髪。日本人に類似したところはひとつもなかったので、

親戚だと言われても不思議な気がしたそうだが、でも嬉しかった、と言っていた。

 

その話を神社で出会った女子大生に話すと、ふんふん、という感じで

communicationができて嬉しそうだった。

 

lunchでもご馳走しようかと思ったが、急ぎの電話もあったので、

お会いできて嬉しかった、日本で楽しい思い出をつくってね、

と別れた。彼女も

【Have a beautiful afternoon !】とちょっぴりなごり惜しそうな感じで階段を上っていった。

 

小柄で、まとめた金髪がすっきりしていた。

本をたくさん読んでいる印象の平凡だが、意見はきちんともっている。

海外に出ると、愛国主義になるけれど、彼女も一生懸命自国のことを話してくれた。

それも慣れない英語で。

いったい、日本で自国の歴史を説明できる大学生がどれだけいるのだろうか。

最近、日本の若い女性にがっかりすることが多いので、

清涼剤のような女性でした。

 

それにしても、Angelina Jordan のように、おじいさんが日本人で、おばあさんがイラン人とか、最近は

日本人の血をひく人たちが増えてきている。母親がノルエー人男性と結婚して
Angelinaは黒い髪と白い肌ととてもセクシーな12歳である。(この母親がなかなか

綺麗な魅力にあふれた謙虚な女性である)。

純粋日本人が100年たつといなくなる、といわれているのは本当かもしれないが、

日本人もこうやって、じわじわと浸透していっている。

 

そういえば、ずっと前、アメリカカリフォルニアからやってきたある親善使節の団長を知事に依頼されて実家に泊めたことがあった。

48歳のアメリカ人女性だが、彼女はフランス系。しかし、苗字がKubo (久保)。ご主人がチェコからの移民で16代前に

日本人男性がルーツ。300年前に久保さんという日本人男性が原点。何代目かのチェコ人KUBO が、

100年位前にアメリカに移住して、今は少年院を経営している。かれの街の名士である。

息子二人は、金髪で青い眼だが、KUBOという苗字であるゆえに、少数民族のカテゴリィにいれられているそうだ。

【これ、主人、眼がalmond shapeでつりあがっているでしょう】と見せられたご主人の写真は、ハリウッド映画で

悪役を演じているような、確かに、東欧の雰囲気の浅黒い男性だった。

 

彼女は良くも悪くも典型的なアメリカ人主婦で、宿泊している数日間はヨーロッパに慣れている私は面食らうことが多かった。

一種のculture shockを彼女から感じたものだった。

 

国でひとくくりにすることは危険だけれど、やっぱりあるのだと思う。

 

それにしてもmultinational、いろいろな国の人たちと出会うことの多い今日この頃だ。

来年から、もっともっとその機会が増える予感。