最初はレシピ本かと思い、軽い気持ちでKindle版を手に取りました。ところが読み進めてみると、想像とはまったく違う内容で、とても良いサプライズでした。


本書では、日本料理と欧米料理の根本的な違いが、両者の自然観や文化の背景とともにわかりやすく説明されています。単なる調理法の違いではなく、それぞれの土地で育まれた精神性や暮らし方が料理にどのように反映されているのかを語る著者の視点は、とても新鮮でした。


特に印象に残ったのは、日本人特有の精神性と料理との関係を丁寧に解き明かしている部分です。日々の食事が単なる栄養摂取ではなく、自然との調和や人とのつながりを大切にする日本の暮らしの中で成立しているのだと改めて気づかされました。


また、土井さんがフランス・リヨンで修行されていたと知り、親近感が湧きました。海外で暮らす日本人として、異なる食文化を理解し、その中で日本の料理や精神性をどう見つめ直すのかは、とても共感できるテーマでした。


単なる料理書ではなく、「料理を通して暮らしそのものを考える本」として、多くの気づきを与えてくれる一冊でした。特に海外在住の日本人にとっては、自分のアイデンティティや食文化を見直す良いきっかけになると思います。


バカンスシーズンもそろそろ終わりに近づいています。休みを利用して旅行に出かけられた方も多かったのではないでしょうか。

 

旅に出ることは、単なる移動以上の意味を持っていることに気づかされます。

 

短い旅でも長い旅でも、普段の日常から少し離れるだけで、自分が置かれている状況を俯瞰して見ることができ、新しい角度から物事をとらえられるようになります。その結果、思いもよらないアイディアや解決策が浮かぶこともしばしばあります。

 

また、旅の中で気づかされるのは「身軽さ」の大切さです。長い旅を快適にするためには、持ち物をできるだけ減らす必要があります。必要以上の荷物は、自由な行動を妨げる重りになってしまうからです。

 

この気づきは、日常の暮らしにもつながります。生き方そのものを身軽にするためには、所有物を減らすことが不可欠であることに気づかされます。モノに縛られず、厳選されたものを少量だけ所有する。そのシンプルさが、より自由で豊かな時間を生み出してくれるのでしょう。

 

旅は、単に「どこかへ行くこと」ではなく、「どう生きるか」を考え直すきっかけを与えてくれるものなのだと思います。

ギリギリまでどうしようか考えていた今回の一時帰国。


昨年の夏も帰国したので必要ないかとも思ったのですが、一人暮らしの母親に会える時に会っておきたいということで決行となりました。



7月の末から2週間の滞在。今回も足が悪くなり外出できない母親の話し相手になることが主要目的のために、限られた友人のみに事前連絡し、観光の予定はほぼ入れず。母が日ごろできない場所の掃除や手入れ、整理、買い物そして携帯のアプリのアップデートをして滞在も終了。


暑さもあり、外出もあまりせず普段話し相手のいない母とおしゃべりしたり、アルバムをだしてきて昔話に花をさかせたりと充実した滞在となりました。

 

その合間にどうしても訪れたかったのが、以前父側の祖母のすんでいた仁川団地テラスハウス周辺。幼いころはもちろん、中高時代には阪急仁川駅の甲東園側に住んでいたこともあり、よく訪れた場所でした。


弟から仁川団地が取り壊され、最後の住民の方々も退出されているようだと聞いていたので、跡かたなくなくなる前に再訪しておきたかった場所です。

 

最後に訪れたのは今から35年ほど前。祖母は伯母たちとともにテラスハウスに住んでいました。

二階建て、庭付きのこのハウス。道を挟んだ公民館の正面にあったと記憶しています。

 

まずは阪急仁川駅で降りて、弁天池方面に向かいます。

 



弁天池は変わらないただずまいで、池の上の小屋も健在でした。

 



池にそって進むと右手に小学校、左手に仁川団地が現れます。

 

記憶では仁川団地はじめあたりに市場があり、そこをつきぬけて池のほうにすすめたのですが、今では市場もなくなっているようでした。




 

団地の案内図



 

祖母は仁川団地の32号棟だったと記憶していますが、はっきりとはしません。

 

一号棟は最後の住民の方々が退去されたあと、植物が生い茂っていました。




 

良く知られるスターハウスも、かつての賑わいも遠い思い出。

 

 



テラスハウスがあったとおもわれる辺りは、建物がとりこわされていて面影もなく。

建て替えられた建物が奥にみえます。

 



記憶にあった給水塔が目に入ります。

 



公民館周辺にも行ってみたかったのですが、団地内部は現在立ち入り禁止となっていて 廃れた光景が目に入ります。

 

少しこの辺りを散策してみましたが、午前中にもかかわらず誰一人行きかう人がいません。日が暮れたらちょっと恐ろしいなと思いながらもゆっくりと辺りを散策。懐かしのテラスハウスはもう存在せず、もう少し早く来ればよかったと後悔しました。

 

 

記憶にのこる光景と目の前にある光景を照らし合わせて、なんとなく優しいながら寂しい気分になった一日でした。