海外おもしろ話 -7ページ目

海外おもしろ話

小林健一のブログ。
旅話を中心に海外情報 日常のトピックスなども綴ります。

Hola!


 先日日本に復帰して1周年を迎え、あらためて時の過ぎる

速さに驚きを隠せない秋でございます。

ところで今は東野圭吾の「手紙」を読みふけっております。

もちろん本の世界ですが、結構世の中にごろごろしてそうな話です。


 本の内容は映画にもなっているので知っている方が多い

のではないかと思いますが 殺人を犯した兄に対して

その弟が受ける様々な悲しい「差別」が大きなテーマになってます。


 日本に一般的な暮らしをしていると一般的に、

差別を実感する事はあまり想像つきませんよね。

ただ、日本人に対しての欧州内での差別は明らかに存在してました。

もちろん観光地などではそれらを実感するのは難しいですし、

文章で説明するのも、なかなか難しい世界なのですが、

ながく生活する中で、差別による嫌な思いはかなり経験しましたね。


ただしその彼らのアジア人に対しての差別を否定する気にはなりません。

私たちが怖そうな黒人を見ると距離を置くような、自然な防御本能

では無いかと思えるようになったからです。

冒頭の「手紙」という本の「差別」に対しての表面的な意味合い

も私の考えと同じ様なものでした。


すべての人々が平等である事は不可能・・・、


様々な意識や意図的なバランスの中で、世の中は成り立っている。


そしてその差別が、自分の力ではどうにもならない問題から

受け続けるものであったとしたら、人の人生ほど不公平なもの

はないのでは無いかと考えてしまいませんか・・・?


スペイン話はここから↓

******************************

スペインに到着後最初の問題はやはり既存のスタッフとの

コミニケーションであった。


既存のスタッフはアルちゃん(覚えてる?)を除いて10名

あとスペインにはバルセロナ、グラナダに支店があったので

合計するとかなりの大所帯であった。


バルセロナは業績不振によって、私が着任する少し前に

本社の意向で閉鎖手続きがされていた。

しかしグラナダ営業所は脈々と営業が続けられてはいるが、

スペインのスタッフ以外認知されていない変な「ひ孫会社」、

みたいな営業所であった。


こう2つの営業所に関わる様々な話は次回以降。

とりあえずマドリッド支店のスタッフに関してでございます。


・アルちゃん(元支店長、人はいいが・・と誰もが口をそろえる。)

・ハビエル①(マネージャー 経理担当 あとあと散々な目にあわされる。)

・ハビエル②(経理スタッフ 典型的なスペイン人の若者)

・ホセマリア(ハビエル①の弟 経理補助)

・フランシス(心よりの友人。彼がいたからこそ・・)

・エヴァ(やさしいスペイン人の女の子 後々いきなりマネージャー)

・ホセ(普通のスペイン人、奥さんは怖い。 最近植毛したらしい)

・マリルース(女の子、今はHISロンドンで働いている)

・エミリオ(謎の老人)

・由美ちゃん(公私共にお世話になりました。ほんといい子)

・小田原さん(う~ん 最後は辞めて貰いました)


英語が話せるのはフランシスだけでした・・・・

このメンバーで現在もマドリッド支店で働いているのは、

ホセとエミリオと由美ちゃんだけです。

とにかく着任早々厳しい仕事の往復ビンタでした。

その訳は また次回!


              Hasta Luego!

Como estas ?


しばらく更新出来ていなくてごめんなさい m(u_u)m


ちょっとした会社の問題でございました。これからは

バシバシ更新して行きますので どうぞ宜しく!


話は変わりますが、 最近Yahooオークションにはまっています。

着れなくなったサーフィンのウエットスーツなどで始めたら

買った値段近くで落札されてしまい一気に味をしめたわけです。


立て続けにいらないものを・・・  


というか多少必要そうな領域まで出品の範囲が

及んでしまい、良く考えたら非常に効率の悪い

状況に陥っていますが、止まらない今日この頃です。


さてスペイン話でございます。


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先回やっと住居を決めて 生活用品を買い求め

マハダオンダでの生活準備をスタートしたのだが、

肝心のベットやソファー、家具といった

いわゆる大御所はT沢さんにお願いする事となった。 

様は若干家賃が上がるが、家具込みといった形で

コーディネート頂いた訳である。

家具がそろい次第、 湯ノ山温泉っぽいホテルから

ついに引越しである。 これで夜道の恐怖からも開放される!


その後、 T沢さんより家具がそろったと連絡を受けた私は、

家具の下見に 新居に足を踏み入れた。 しかし!

部屋のソファーがまたしてもフラッシュイエロー( ̄□ ̄;)ではないか・・


オフィスの壁色と一緒であった。


テレビも聞いた事のないメーカーであった・・・


ちなみに私は家具にうるさい。


多少お金をかけても部屋の雰囲気重視のタイプである。

欧州風のしっとりした家具に囲まれての生活模様は、

この瞬間、あえなく崩壊である。 


頭を切り替えた私はマドリッドに戻り 欧州風のソファーカバーを

苦戦しつつもなんとか買い求め、強引に欧州風に持っていった。

という事態を経て 新居での生活をスタートした訳であった。


新居から会社まではバスで約20分、

地下鉄で乗換えもあり20分 計約40分ほどの通勤時間であった。


しかしバスに乗るとやたらとじろじろ見られる。

そしてよく嫌な思いもした。


スペインでは Chino (チノ) と言う侮辱言葉が使われる。

Chinoとはスペイン語で中国人の事を指すが、

見た目で他アジア人と区別がつかないスペイン人に良く

チ~ノ!と言って馬鹿にされ攻撃されたものである。

これは住んだ人間しか分からないかもしれないが、

本当に腹が立つ。


私は言われたら絶対引かなかった。

スペイン人は受ける教育レベルの差が激しく、

教養のある人間は日本人に友好的である。

日本の経済レベルを認識しているからである。

言うのは教養のないスペイン人ばかりだが、

滞在中この人種差別的な攻撃は幾度となく体感した。

この話はまたゆっくりと・・・


さてタイトルの「バス ガス 爆発」であるが、

スペインのバスはかなり豪快である。

私が使用していたバスはVolvo社製の大型バスが二両、

電車見たいにつながったやつであった。


ある日バスを使い始めて間もない頃、

いきなり 「ボン!!」 という音とともに白煙が上がり

車内もパニックとなった。

こんな事はまず日本では無いので私もすっかり

驚き、動揺してしまった。


何しろ車内も煙に包まれ異臭放題である。


まさに早口言葉でいう 「バスガスバクハツ」であった。


驚いたのはその後運転手が びゅんびゅんと

車が走る高速道路(私は高速バスで通っていた)なのに

全員を車外に降ろし、次のインター付近まで

歩きはじめる様子ではないか。 

私も訳も分からず皆の後を続くしかなかったのであるが、

こういうときスペイン人は何故か妙にはしゃぐ。

まさに突然のピクニック気分である。


言葉にすると簡単ではあるが想像してもらいたい。


まったく言葉も分からない異国の地で・・・

それも右も左も分からない就任直後・・・

乗っていたバスが爆発・・・

訳も分からず大はしゃぎのスペイン人チーム・・・

たった一人混入した日本代表の私・・・・


私的にはピクニックでなく南極越冬隊であった。


悪魔がこの場面でいけにえを一人要求したら

間違いなく私が選抜されそうな雰囲気も不気味であった。


といった出来事が到着後直後の殺傷事件についで

心に残っています。


しかしこの程度の事件はレベル2 程度である。

これからレベル3以上の話をどんどん紹介するから!


今日はここまで ! ではまた次回  


Hasta luego !! (^-^)/























































Hola !


秋ですね・・・


朝夕はめっきり涼しくなりました。

最近は冬が寒く無くなった気がしませんか? 

私だけでしょうか?


ところでスペインも冬はとっても寒いです。


 なんとなく年中暖かいイメージを持たれがちなスペインですが、

冬はとて~も寒く, もちろん雪なんかも降ったりします。

実はマドリッドはスペインの中央部にあるため、

標高が結構高い都市なんですよね。(確か900m位)


 なので海が遠い変わりに山に囲まれていて、

車で1時間も走るとそこそこのスキー場にいけたりします。

おまけにこの後の話でも触れますが、 私が住んでいたのは

Majadahonda(マハダオンダ) というマドリッドより更に

20km程北の 山よりにある町であった為 更に山とは密接でした。

私はスノーボードが好きなのですが、スペイン滞在中も

よく 山にスノボードに行きました。

ただスペインはどちらかというと スキーヤーが多く、

まだ一般大衆化、一歩手前といったレベルに思えます。

結構いばって滑っていた事を思い出します。


 Majadahondaの自宅から通りにでると

遠くにNavacerada(ナバセラーダ)という山々の

雪景色が、遠くに、かすむように、見えていました・・・・

きっとこれから どこにいようとも 冬がくると、

その山々の 景色がにじんで 蘇る気がしています。



さて先回の続きから・・・・


************************

先回家探しに苦労した私は T沢さんという日本人の女性

と知り合い助けられながら、家探しと生活の準備に奮闘するのであった。


どこに住むのか・・・・


マドリッドは一般的に南側ほどあまり治安が良くなく

生活レベルも低い地域が多くなるといわれています。(例外もあり)

北側は閑静な住宅エリアが多く、豪華な PISO(ピソ=マンション)

も立ち並びます。 日本人駐在者は比較的このエリアの豪華PISO

に居を構えるパターンが多いと聞いた。

しかしそれは住宅費などの補助出ているからであり、

例によってフロンティア精神が社訓の我社は補助がまったく無く

すべて自費となると家賃等もおおいに気になってしまう。

なぜならスペインの住宅事情は日本と変わらず結構な家賃である。

昔は日本と比較にならない位 家賃も安かったらしい。

ただそれも通貨がまだペセタであった時代までだった。 

ご存知の様に1999年1月よりユーロ導入が会計上始まり、

2002年1月より通貨が導入開始とともに、ペセタからユーロへの

持ち金の両替が膨大な範囲で必要となった。


そこで問題となるのは「裏金」の問題である。


世の中のには表に出せないお金もたんまりと存在する。

しかしユーロ導入のタイミングでは両替の為そんなお金も

なんとか法に触れないように表に浮かばせる必要が出てきたのだった。

そこで皆こぞって不動産や車などの価格に裏金をあてこんだ

マネーロンダリングが急激に行われたのだ。

その為、不動産の価格が急上昇してしまったのである。


そこでT沢さんのアドバイスもあり、市内北から更に北の

Majadahonda市を検討してみる事にしたのだった。

実際、T沢さんもMajadahondaに住んでいるとの事あった。


私はT沢さんのアドバイス通り、地下鉄3号線始発駅の

Moncloa(モンクロア)から651番のバスにのってMajadahonda

に向かった。 市内から約50分程かかるが 東京を思えば何て事ない。


Majadahonnda市(これからM市)に初めて訪れた私は、

初めて観光地でない海外を訪れた気がした。

緑が多く、ゆったりとした生活の匂いがした。

マドリッドの騒がしさとは雲泥の差であった。


私は一発でこのM市が気に入った。


早速予算のあうPISOを見つけてもらい契約をさっさと済ませた。

紹介されたPISOは C/Realalta という旧市街にあり、

きれいな物件であった、家賃は確か10万ペセタだから約7万円位。

2LDKにベランダも付いていた。


まわりに日本人はまったく住んでおらず、

企業の駐在員はまず住まないエリアなのだそうだ。

でもどうせ海外で暮らすならその方が生に合うと感じた。


色々不便さはあったが、結果的には本当の地元の生活圏

で暮らせたのは今思えば成功であったと思う。


この場所から私のスペイン生活がスタートしたのであった。


 ではまた次回      Hasta proximo !

 









 









 


 




















 




HOLA!!


今日は久々に平日の休みを頂きました。

台風も低気圧に変わりましたが、太平洋のうねりはそこそこ残り、

天気の良さもあって波乗りを満喫してきました。波

ただ帰りが東名の工事かなんかで大渋滞・・・

くたくたになって家に帰りウエットやボードの手入れを終え

このプログをつくっています。


最近ブログも少しさぼり気味かも・・・m(_ _ )m


3日に一回は更新できる様に頑張りますので懲りずに

チェックして下さいね!

それではまた例によってスペイン話です。

先回の続きからどうぞ!


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先回マドリッド支店に初出勤した私は、フラッシュイエロー 

事務所と想像を絶する灼熱地獄にがっかりしながらも、

気を取り直し、これからの生活の準備にかかったのであった。


マドリッドに到着して約1週間は営業所すぐ近くの

「クラウンプラザホテル」でホテル暮らしであった。

このホテル4つ星の、まぁまぁ快適なホテルであったが、

いつまでもこの快適さを許すほど、会社は甘くなかった。

会社から徒歩20分くらいにある、

フロリダノルテというホテルへ早くも大移動となった。


完全なエコノミータイプのホテルである。


私はこのホテルを思うとき、なぜか湯ノ山温泉にある、

とある ぼろい 温泉宿を思い出し重ね合わせてしまう。


そんなホテルだ・・・


おまけに当時会社からこのホテルは、

スペイン広場横の暗い道をとぼとぼと歩く必要があり

非常に治安が悪く、モロッコ人の首絞め隊が待ち受ける

危険度120%のホテルであった。

私はよく深夜に酔っ払ってこの危険街道をひた歩いたのだが

奇跡的に襲われないですんだ。

ただ日本人旅行者は私の赴任中何度もこの

危険街道で首絞め隊にやられていた・・・・  おーこわ!


さて家探しである。


例によってフロンティア精神を会社のポリシーにする

ぐらいの自社らしく、家探しも自力である。 

言葉も通じず、なんの予備知識もない国での家探しは、

言葉に出来ないほどの難しさがあった。

なんたって英語がまったく通じないのである。

どうしたらいいのか途方にくれる中 OCS という

スペインで唯一の日本語情報誌を発見 目を通してみると、

「家探し手伝います・・・」

というまさにうってつけの広告を見つけた。

なんだか分からないがとにかく当たって砕けろである。

赴任中は当たって砕けてばっかであった。

「Hello! Does anyone speak Japanese?]

などと電話に出た女性に英語で問いかけると、

「*?!」と明らかに未体験の言語で切り返された。

しばらくの沈黙のあとその女性は・・・

「もしかして日本人の方ですか?」

なんて事無い、日本人同士であったのだ。


この電話の女性はT沢さんという方で この電話を

きっかけに知り合い、滞在中約4年以上、

公私共にお世話になったNo1の方である。

先日も日本に遊びに来て頂き、久しぶりに会う事が出来た。

この様に偶然の出会いから色んな方々の

助けの中で私のスペイン生活がさせられた気がしてならない。

まさに感謝である。  


T沢さんはスペイン人男性 マリアーノさんと結婚しており

スペイン生活の大ベテランであった。

このT沢さんの助けの中 私の家探しが始まった。


次回は家を決め、生活用品をそろえ、

仕事の苦闘に直面してゆきます。


すぐ更新します。 


では次回 Hasta luego! (^_-)☆




 




















Felicidades! por campeon Dragons.


ブログ連載 6回目です。


海外での様々な出来事や、アクシデントに見舞われた

約5年を赤裸々につづるこのブログ。そして私にとってかけがえのない、

愛すべき、スペインの観光普及に一役買うのもちょっとした目的です。


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中日ドラゴンズがついに優勝しました!

名古屋全体がおめでたムードに包まれ、すっかり自分も

熱烈な「どらファン」であるかの様にテンションが高まり中でございます。


ただ私はスペインにいた為か、野球よりはサッカーです。


私がマドリッドに住んでいた家の近くに、

かの有名なレアルマドリッドの練習場がありました。

ジダン  ロナウド  ベッカム などなど ・・・・・・  

世界的な選手との遭遇もかなりあって驚きでした。

朝 、ロナウドがアウディA8で横を走っていたり、

まりん(私の愛犬わんわん、スペインで出会い今は日本)などは

フェルナンドトーレス(ATマドリッドの選手 W杯スペイン代表

で大活躍した若き天才FW)  に頭をなでられている。

それ以外にも数々の遭遇があったのだが 、またそういった

サッカー小話の数々も紹介してゆくつもりです。


それでは先回の続きをどうぞ・・・・・・


*************************** 

ここから先回の続き・・・・・・


自然と目が覚めた・・・

宿泊するスペイン広場正面、 クラウンプラザホテル。

カーテン越しから差し込む朝の光もまだ鈍く そして力が無い。

まだ起きるべき時間より、 かなり早く目が覚めてしまったようだ。

窓から見える朝の景色に目をやりながら、

軽い緊張感が眠気をあっという間に追いやった気がした。


 昨日マドリッドに到着したばかりの私であったが、

休むまもなく赴任先への初出社である。 

このあたりの変なスピード感が自社らしいのだが、

逆に変ところでスピード感が無いので注意も必要である。


海外での初出社の準備をすすめつつ、 妄想癖のある私は

ホテルにあるカフェで朝食を取りつつ 赴任先のイメージを高めた。


外資系の旅行会社の想像・・・・


(クリーンなオフィスの図)

(最新のOA機器に囲まれたデスクなどの図)


そこで働く社員の想像・・・・・


(忙しく働いている外人の社員の図)

(ぱりっとしたスーツでいかにも出来そうな図)

(コーヒーなど飲みながら意見交換を行う図)



上記の様に色々想像しつつ、 私はオフィスへ向かったのだった。
オフィスは宿泊ホテル横、 スペイン広場正面の

スペインビル22階ということであった。

【このビルの22階 ちなみに24階建てなのでほぼ最上階に近い位置にある】


ホテルからオフィスのあるビルは10歩位だった・・・


ものすごく旧式なエレベーターに乗り込んだ私は、

妙な振動を感じながらの上昇に、 不安度は80%位に達した。

そして22階に無事到着。 オフィスのドアを押し開けたその瞬間

私の不安度は100%に達した。 


オフィスの壁がなんと!すべて派手な黄色で統一されているではないか・・


まるで品のない幼稚園の、 お遊戯場の様である。

そしてとにかくすごい熱さである。

不快指数も100%に達した、私だけが想像の逆にぱりっとしたスーツ姿で、

他の現地スタッフはほぼ普段着であった。

水着の様な服装の女性スタッフも視界に入った。

軽いめまいの中、 すべての良いイメージが崩壊する音が聞こえた。 


なぜ冷房が効いていないのか??


なぜ壁がすべてフラッシュイエローなのか??


様々な疑問以前にこの熱さにやられちゃいそうである。


多分40度は超えていたと思う。 


事務所が、超旧式高層ビルのほぼ最上階にあるため

西日がもろに直撃した上に、上昇した熱気もすべて受け止めてしまう

そして冷房が効いていない砂漠状態である。

そんな事務所であった。


この状況から私のマドリッドでの苦闘が始まったのである。


問題はまだまだ続いた・・・  

さすがアルちゃん(覚えてる? 前支店長) であった。


そして次回に続く・・・・

                        Hasta proximo !

           

 










  











Hola ! Que tal ?


ブログ連載 5回目です。


海外での様々な出来事や、アクシデントに見舞われた

約5年を赤裸々につづるこのブログ。そして私にとってかけがえのない、

愛すべき、スペインの観光普及に一役買うのもちょっとした目的です。


--- あらすじ ----


 先回マドリッドに到着した後、スペイン人のアルフレッド (今後アルちゃん)

と対面した後、彼の運転するプジョーにのり、 マドリッド中心地に向かい

スペイン広場正面のクラウンプラザホテルにチェックインした我々は

普段着に着替え、さっそうと夕刻のマドリッドの街に繰り出したのだった。


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まず身近なところで目の前のスペイン広場に我々は繰り出した。

スペインは治安が悪いと聞いていたのでかなり用心していたのだが、

周りを見渡すとそんな危険な雰囲気は感じられなかった。

のんびりと日のながい夕刻の一時を楽しむ人々を目にした私は

「ついにやってきた感」に包まれ、これからの生活への期待を高めた。


そしてタバコを買おうとスペイン広場横のkioscoに向かったのだが、

(kiosco=スペインに方々ある売店、タバコや雑誌なんかを売っている)

その店主が店を飛び出し猛然とある少年を取り押さえる現場に直面した。


 おーなんだ? と思った瞬間結構な叫び声と赤い鮮血が飛び散った・・・

万引きをしたモロッキーを取り押さえた店主が刺されたのだった。

(モロッキー=モロッコ人の通称 スペインに結構移住していて悪さをする)

逃げるモロッキーを目で追いつつ、

これからの生活への期待が音を立てて崩れた。


目の前で人が刺される瞬間を見たのは初めてある。 


「治安やっぱり悪い感」に究極まで包まれた私は

多分遠い目をしていた筈である。

店主はナイフをとっさに手で防御した為 右手をざっくりやられたようだ。

翌日からそのkioscoの店主は包帯ぐるぐるで仕事をしていた。

スペインの治安の悪さの片鱗に触れた気がした。

その後の約5年間、この手の話はざらに直面する事になった。

強盗、スリ、窃盗、詐欺、爆発 テロ etc・・・

ありとあらゆる事件が日常的に起こるからだ。

と言い過ぎると非常にスペインを危険な国と思えてしまうかもしれないが

決してそうではない気が今はしている。

日本が安全すぎて、生活が余りに無防備なのが問題なのかもしれない。

現実、スペインで何らかの犯罪の被害にある殆どが日本人だ。

そのあたりの現実も含めて、このブログで様々な現実も

紹介してゆくつもりです。とりあえず今回は終了 次回は早く更新します。

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最近休日がなぜか雨降りばかりです。

天気が良くて波がありそうなら間違いなく波乗りなのですが・・・・

そういう時はやはり読書です。

最近読み終えた本で「ヒートアイランド」にはかなり感動しました。

垣根涼介の本ですが、もともとブラジル移民時代から現代への様々な

ストーリーを描いた「ワイルドソウル」で一気に彼の小説に惹かれました。

今は「午前3時のルースター」を読んでいます。どれもかなりのお勧め本です。

また面白い本を見つけたら紹介します!

ではまた    Hasta luego ! !



























Hola ! Como estas?


ブログ連載 4回目です。


海外での様々な出来事や、アクシデントに見舞われた

約5年を赤裸々につづるこのブログ。そして私にとってかけがえのない、

愛すべき、スペインの観光普及に一役買うのもちょっとした目的です。


先回ロンドンでいきなり見舞われた騒動話の前に 少し小話です。


今日 先日買った横山秀夫の「出口のない海」を読み終えました。

喜多嶋隆についで 私がよく読む作者です。

ほとんどが警察小説が主流の彼ですが、

日航機墜落事故を題材にした 「クライマーズハイ」についで

今回は戦争青春小説です。 同書は映画にもなってましたよね?

これから読む方の為に 内容には触れませんが、

読み終えた今でもこの小説の事ばかり考えています。

ただただ戦争の悲しみに思いを馳せつつ、

私たちの生きる豊かな現代との様々な

ギャップについて考えさせられてしまいます・・・  

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ここから始まりです・・・・




赤く続く大地に、点在する緑がアクセントとなった景色が

視界の彼方まで続いている。 

マドリッド バラハス空港到着直前の機内上空からの景色だ。

後から聞いた話では、上空からの緑の殆どがオリーブ畑だそうだ。

バラハス空港は、マドリッドのかなり郊外にある為、

街の景色は殆ど視界に入らないで空港に着陸となる。

そして夜の機内からの夜景は、信じられない位きれいだった。

マドリッド市は条例で、ライトの色がオレンジで統一されているらしい。

スペインでの滞在中出張、幾度と無くこのオレンジの夜景を

見ながらバラハス空港に出発したり、到着してきた事を思い出す。

2001.630 私が始めてマドリッドに到着した日である。


話は先回の続きだが、思わぬラッキーに見舞われ、

スイートルームでゆっくり休んだ後 自社のロンドン支店に顔をだした。

その後、ロンドンパブでギネスビールという典型的なパターンで

楽しく夜をすごした後、ラッキースイートに戻り、再び眠りに落ちた訳だが、

夜中の0時過ぎに部屋の電話がけたたましく鳴り続けた。

ただ何しろスイートルームである。寝室とリビングが分かれているので

明確に電話がなっている事をつかめぬまま眠りを続けた。

電話に関わる変な夢を見ていた記憶があるのだがあまり覚えていない。

その時、人の気配と、結構な物音がした為思わず目が覚めた。

その瞬間、鬼の様にお怒りのホテルスタッフが部屋に乱入してきた。

マジで驚いて「What happen?」 などと返したが最後・・・・

「ぺらぺらぺ~ら ぺら!」などと怒涛のイングリッシュトーキングである。

そしてマシンガントーク&敵意120%の大柄女性3名に囲まれた私は、

まさにNASAにつれられた宇宙人模様、 圧巻である。

そして彼女たちの言葉に耳を傾けると・・・・

どうやら「部屋をすぐ出て行け~!」と言っているではないか・・・

なぜだ、何も悪いことはしていないのにあまりにもではないか・・・・


そのあとマネージャーらしき男性の登場により場面は沈静化。

冷静に話を聞くと、通常の部屋を準備する間

スイートを使用していいという当初よりの話だったらしい。

それを無視して、思いっきり部屋を満喫してしまった為

当日のお客様に提供するこのスイートルームが使用出来ない!といった

状況であった為のお怒りであったとの事。


真夜中にたたき起こされ、ののしられ、いきなり

部屋を大移動する羽目になっていまったのである。

それも、異動した部屋は当たり前であるが、「ぼよぼよ」である。

この先の海外生活を占うかのごとくいきなりの大転倒であった・・・・



(場面は機内に戻る)


という昨夜の修羅場を乗り越えた事による睡眠不足によって、

爆睡状態から覚醒した窓から見えた景色が、「赤く続く大地」であった。

そして窓越しにはっきりと伝わる太陽光線の強さ。

どこまでも高く、突き抜けるような空の青。

それらのコントラストが一つの世界を醸し出していた。 

「おーっスペインに来た!!」 感につつまれた私は、

にわかにアドレナリン急上昇である。 

着陸後、重々しい雰囲気の中入国手続きを終え、

ターンテーブルから荷物を受け取り、

待ち受けの人々でごったがえす出口へと足を進めた。

しかし暑い。 多分40度近いはずだ。


HISマドリッド支店の現支店長 アルフレッド(アルちゃん)が

空港まで迎えに来てくれているはずである。

(先回のブログで、社長がけちょんけちょんに言っていた人物)

そして出口から出て一発で彼がその支店長だと分かった。

なぜなら、100%スペイン人なのに「お疲れ様で~す」と叫びつつ

こちらに向かってきたからだ。 間違いは無い。


私は緊張の面持ちで知っているスペイン語を並べ

Hola! mucho gusto. Me llamo Kobayashi

(こんにちは はじめまして 小林と言います。) とかっこよく握手した。

彼は人懐っこい笑顔で

「はじましてアルフレッドです。スペインへようこそ!」 と私と同じ事を

反対に日本語で言ったのだが、よく考えたら滑稽な状況である。

最終的には、中間の英語で話そうと言うことになった。

その後、彼との付き合いは4年以上に続くのだが、

会話は全て英語となり、スペインで頼りになる人 NO1となった。

しかし自体は複雑である。

私は新しい支店長として、スペインに赴任する訳で彼は降格となる。

もしくは会社を辞めてもらう話にもなるだろう・・・・

そのジャッジは、全て私が下す事になるとしたら、

私の存在は、目の上のたんこぶではないだろうか(使い方OK?)・・・・

しかし、その後4年以上彼との付き合いは続く事になるが、

彼の最初にあった瞬間感じたやさしい人柄は、変わらず続いた。


私たちは彼の運転する車に乗り込み、

マドリッド市内へ向かった。 

時間は夕方の17時頃だが、あたりは真昼並みの明るさであった。

聞くところによると、暗くなるのは夜22時近くになってやっとだそうだ・・・・・

私はマドリッド市内の スペイン広場正面 

クラウンプラザホテルにチェックインして着替え、

早速始めてのマドリッド探索をスタートさせた。


そしてまたまた驚愕の事件に遭遇する事になる。(こればっか・・!でもほんと)

詳しくは次回ブログで! Vale?

Hasta luego ! (^_-)☆    





 



























































Hola !! Que tal?



ブログ連載 3回目です。


海外での様々な出来事や、アクシデントに見舞われた

約5年を赤裸々につづるこのブログ。そして私にとってすばらしい、

愛すべき、スペインの観光普及に一役買うのもちょっとした目的です。


さて先回は ある晴れた晴れ昼下がり(ドナドナ?)

ニューヨーク支店を希望する私に社長(当時常務)

                 より告げられた衝撃の事実は!?


社長  メガネスペインに行った事ある?」

 

私  「ありませんが...... 」ガーン


社長  メガネスペインはいいぞー!

      食い物は上手いし、物価も安いし、人は皆親切だしな!」

 

メガネ マドリッド支店はあるんだけど、

            9年間一度黒字になった事が無いんだ~!」


 私   「?.....」 ガーン



社長  メガネマドリッド支店にはスペイン人の支店長

     いるんだが.......これがまた人はいいんだけど仕事が出来ないだ~!」  

.     

いきなり... メガネ「君の海外赴任は

           マドリッド支店に決まった!」


 そして...

    メガネ「社命だから。断る事は出来んぞ....ドクロ

  

   
実際は他にも色んなお話があったのだが、

凝縮すると以上の様な厳しい通告を経てスペインの査証を

取るために精力的に動かないといけなくなってしまった。


それも何でなんだかわからないが、2週間後には

       出発する位の勢いである。


なんでニューヨークでなくスペインなのか

    考える間を与えないところがさすがである。


その2週間で居住地である横浜のマンションを引き払い、

車や荷物を処分したり引越しをしたり、査証の為に警察や病院や

スペイン大使館(六本木近くにある)を往復したりお別れ会をして

酔っ払ったり二日酔いでふらふらしたりの状況が常に混じり

とにかく大変な忙しさであった。 

体調も海外に出発する前なのに時差ぼけである。


スペイン語はまったく分からないが、

        社長は英語で何とかなると言っていたし(ここ重要)


物価も安いと聞いていたのでいい暮らしが出来たりして(ここも重要)


この部分は色々書きたいところだが早く場面を海外に

持っていきたいので泣く泣く省略する。


  2001.6.29


これまた二日酔いの状況で英国航空で

              ロンドンに向けて機上の人となった。


飛行機の中で私は「スペイン語入門」なる本を片手に

座席に着いたのだが一度も開帳する事無く眠りにおちた......


その日の英国航空ロンドンヒースロー空港行きは

かなり込んでいたのだが私の隣、窓際に座っていた女性と、

ヒースロー空港到着前のほんの10分位前に少し話をした。

彼女は乗り換えてパリへ友人に会うため向かうらしい。

私の身分に関しては殆ど話をしていなかったのだが

驚くべきことにマドリッドへ到着してから彼女からの手紙を受け取った。

それもスペインの職場に届いたのであるが、会社名は話していないのに

恐るべき情報収集力である...

手紙は非常に勇気付けられる内容であった事を覚えている。

           (今 彼女は何をしているのだろうか...)


そして我々はロンドンに到着、適当に入国審査を終え

市内のホテルに向かった。ホテル側の説明によると、

部屋が混んでしまい、スイートルームを使用して下さいとの事!

何てラッキーなんだ....幸先いいぞ!

鍵を受け取りスイートルームのゴージャスな

      インテリアに囲まれてしばしの休憩をとった。


そしてその後

 大変な事態に巻き込まれる事になる。 詳しくは次回。

 

 早くスペイン話に行きた~い!! 次回はついにマドリッド上陸!  



                              Hasta luego (^_-)☆

                            

  


  













Hola !! 調子はどうですか?  


ブログ連載 2回目です。


海外での様々な出来事や、アクシデントに見舞われた

約5年を赤裸々につづるこのブログ。そして私にとってすばらしい、

愛すべき、スペインの観光普及に一役買うのもちょっとした目的です。


ところで、そもそもなんで私がスペイン

        マドリッドに行く事になったのか.....!?


スペイン語がもともと話せた...?


スペインに興味があって希望を貫いた...?


NO ! NO ! NO ! NO !


今回はこれを外しては先に進めない、

私が会社(Hから始まる 某旅行会社)からスペイン転勤を

命じられた悲しい小話をお届けいたします。 



(ここから当時の話...)


約6年程前のある日社内ニュースなるものを

               読んでいる私の目が点になった。


「海外支店社内公募...」 ! ! (・_・;)


 う~ん 我が社のグローバル化に向けての

意気込みが感じられるではないか!

英語力やその他もろもろの条件は 適当に何とでもなる。

その辺のは妙な自信がある。

という事で 我社の海外公募に早速申し込み

資料や作文を準備した上で声がかかるのを待った。


勤務地は世界のビジネスをリードする

     ニューヨーク を希望した。(この部分大事です)


そして当時の上司のS本部長から声がかかり、

晴れて東京本社へ転勤となる。当時海外赴任は

本社経由が絶対であり、海外へ異動する前段階と言える転勤である。


まずは 東京での勤務に慣れる事が先決である。


新しい職場で頑張らねば...


英語も磨かねば というか名古屋弁が出ないように気をつけねば!


少しずつ海外生活の準備をしてゆく必要がある。


う~ん色々忙しい感じだ!! 

でもその先にはニューヨーカーとしての

            グッドライフが待っている。


(ここからの東京生活もかなり笑えますが、

          今回のブログの主旨からずれるので又の機会に!)


そして思い起こせば約6年 (すっごい最近に感じる)

そしてある5月晴れの 貫ける様ような青空の下 

社長(当時 常務)に呼び出しがあり、

             驚愕の事実が告げられる事になる。


次回からいきなり舞台は何故かロンドンへ!? (展開 早!)


 必読! Vale ? Hasta luego !!('-^*)/   








 





















2005.10.12...


この日は私にとって生涯忘れる事のない日となっている


約1年前の10月12日に約4年半すごしたスペインに別れを告げ日本に帰任した思い出深い日である。


スペイン?... と聞くとほとんどの方は、何だか陽気情熱的な外人闘牛フラメンコが有名で

一年中太陽がさんさんと降り注いでいる常夏晴れで最近サッカーが有名!(特にベッカム)

場所は??確かヨーロッパの下のあたり...みたいなあいまいなイメージが増幅したかなり微妙な国ととらえられているようである。


でも実際は違ってました...

それもかなりです...


でも以前は私もそう思っていました。



4年以上をスペインマドリッドで 何も言葉も分からないまま生活を始め、仕事に燃えた経験と

体験をたくさんの方に知って、感じて、関心をもって、そして笑って頂きたいのがこのブログのコンセプトです。


実は私は昔から何故か色んなラッキートラブルに巻き込まれる体質です。

絶対ないだろう...あり得ない... といった出来事が数多く私の周りで起こっています。

これだけハイリスク ハイリターンの人生はなかなか無いのでは? といった私が

よく分からない国、スペインで生活する訳ですので、派手に問題が起こらないはずがありません。

信じられない位な出来事や、たくさんの出会いも含め、そんな思い出を紹介してゆきます。


くれぐれも言いますが、すべてノンフィクションでのお届けです。


このブログにより、私の愛するスペインに少しでも興味を持つ方が広まれば幸いです。

次回から色々つづります。

                        un saludo (^_-)☆