図書会誌 第一話 (1)
高校に入学して早々と二十日あまりが過ぎ去った。
入学式、新入生歓迎会、部活動の呼び込みが立て続けに行われ、その後すぐには部活動仮入部期間に突入したりと、四月に行われるべき、あらゆる行事が忙しいほどに消化されていった。
そんな多忙極まりないスケジュール設定によるものなのか、俺の記憶力が単にバカなだけなのか、多忙極まりないってどういう意味なのかは分からないが、ただその数ある行事の中で、きちんと思い出として俺の頭に保管されているものは、たったの一つ。
それは部活動の呼び込みだ。
なぜ、特にその行事──いや、その企画をピックアップしてあるかというのは、何を隠そう、女子の先輩方々の勧誘用コスチュームプレイが、目に焼き付いて離れなくなっているからだ。今なお、絶賛進行形で萌え──燃え上がってしまっている。
女子が多く所属しているであろう部活動のコスプレは特にクオリティと破壊力が半端じゃなかった。その中でもテニス部のメイド服、調理部のウエイトレス、茶道部の和服。それらは俺を代表とする男共の下心を良い感じにくすぐる、会心の代物だった。それにどこかの同好会が着ていたアニメか何かのキャラクターを扮したコスプレもかなり秀逸な出来だった。そのコスプレしていた女子の先輩が、かなり可愛らしかったおかげで凄く映えていた。ピンク色の危うい妄想が頭を埋め尽くしてしまったが、理性がミリ単位でギリギリ勝っていたため、犯罪に手を染めることなく済んだ。
しかし、水泳部のスクール水着が欠けていたのには、とても残念だった。だが、もしもスクール水着があの場にあったとしたら、俺は自らの理性を上回る、野性的本能を抑えられる自信はなかった。本当に犯罪を犯してしまっていたかもしれない…………。たまに自分が怖くなるよ。
それはさておき、それらの部活動が思考を凝らして、呼び込みをしていた熱意には驚かされてしまった。どの部活動も新入生を入部させようとする、殺気にも似た雰囲気がヒシヒシと漂っていて、なによりも先輩達の目が血走っていて、まさに血眼になっていたことに心の底から恐怖した。
俺はそんな先輩方々のギラギラした眼差しに応えることはなく、帰宅部に所属と最初から、そう、入学前から決めていた。だから、仮入部期間には部活への参加はおろか、見学をしに行く気すら全くなかった。ただ、あのコスプレ達をもう一度だけ拝見おきたかった後悔もある。ことわざでは、覆水盆に返らずなんて言うらしいけど、まったく意味がワカリマセン。今更だけど、会心とか秀逸とか血眼の意味もよくワカリナイ。
意味どうこうはさておき、俺は高校の在学中にはアルバイトをするという、大きな誓いを持って入学したのだ。人はこれを夢とでもいうのだろう。人はこれをロマンとでもいうのだろう。そして何より、金が一番大事────
頭がクラクラとしていて、視界も揺れているような気がする。でも、目の前が真っ暗で、それを確かめるのは難しい。
気を失っている間、入学してから、数週間の出来事を誰かに話しかけているような、不思議な走馬灯みたいものを見ていたようなが気がするが、まさか、そんなわけはないだろう。第一、走馬灯の意味がワカラナイ。
意識がハッキリとしてくると、俺は身動きがとれないことに気がついた。両手両足を太い紐のようなもので痛いくらい縛り固められて、口には独特の匂いを発している所から推測すると、ガムテープが貼られているようだ。それにバカデカい袋のようなものに身をすっぽりと入れられて、引き擦られているような感覚がある。真っ暗になっているのもこのせいだろうか。
しかし、何故こんな状況にいるんだろう。
必死に思い出そうと、体が無意識にガムテープによって塞がれ、呼吸のできない口の代わりに、鼻穴を痛いくらい大きく広げていた。大量の空気を取り込んでいる。その空気の中の酸素を、ヘモグロビンを介して脳へと運び、さらに大脳辺縁系の一部、海馬をフル回転させているのが体から伝わってくるのが感じられる。
なんという難しい表現をしているのだろう、俺。もしかしたら、こんな状況になって秘めたる才能が開花したのかもしれない。
すると、記憶が不意に甦ってくる。今まで感じたことのない未知の感覚へと陥った。
そうだ! 思い出した!
そういえば、一昨日に読んだマンガのセリフだったな。ヘモグロビンがどうのって、大脳なんたら系って────
そうだ! 思い出した!
走馬灯の中でスク水のことを考えてたはずだ。スクール水着……
そうだ! 何でこんな状況にいるのか、はっきりくっきり思い出した!
確か、それはホームルームと掃除当番が終わって、完全な放課になってから。今日から部活動の本入部が可能になるのと同じく、バイトの許可申請の受け付けも出来るようになった。俺は早速、鼻歌交じりのメルヘン気分の中、バイトの許可申請書を提出しに職員室の担任のもとへと向かおうとしていた。準備が済んで、教室から出ようとしたときだった。
背後に殺気を感じた瞬間、不意に後頭部を激痛が走った。俺は何者かにとてつもなく硬いもので頭をぶん殴られたようだった。気を失う寸前、目線を後ろにに向けるとそこには、嘲笑している犯人の姿と、床に粉々になった何かの白い破片が散らばっていた。俺は犯人の顔とその白い破片を脳細胞に刻みつけるように、記憶していた。
ん? これも漫画に書いてあったような気がするな。
さておき、それを読み取ると犯人と破片は────
誰?
もとい! 犯人は幼なじみの美倉サナカだ!
あと、床に散布していたのは大根だったはず。
◇
「起きてる? 起きてなくても話しちゃうんだけどね」
記憶通りに犯人である美倉サナカの声がした。
ああ、起きているとも。
俺はガムテープで塞がれた口をモゴモゴ、体をウネウネさせながら答えた。
「今から『トショカイ』って言う同好会の活動場所に行くんだ」
トショカイ? それは何だ? 食いもんか?
なんてな。そんな訳あるかよ。我ながらベタな言い回しだぜ。同好会って言っているわけだし、ここは普通であれば『図書会』が妥当だろうよ。
そうだとしても、行くなら勝手に一人で────独りで行くといい。
「えっ、この袋? 実は僕の家系、十七代くらい前からサンタクロースの血が流れてるんだよ。だから、家系図辿っていけば、外国人の名前があったはずだけど。隠しててゴメンね! この袋はお姉ちゃんのお下がりなんだけど、十八歳になると新しいのを買ってもらえ────えっ、中身? 中身は夢と希望は当然のことながら、愛と勇気を空を飛ぶ謎のアンパンから奪って詰め込んである。その時にちょっとした戦闘になっちゃって、油断した隙にパンチ一発受けちゃったんだけど。これがその時のアザ。でも、そのあとすかさず、鞄に入ってた養毛剤をぶっかけたら、目が×印にしながらフラフラになってね。そうしたら、空から触覚が生えた黒っぽい謎の生き物が、未確認飛行物体的な物に乗って現れてさ。流石にビビったよ。そうだ!名前は確か、バイキ────えっ、あっそう? わかったよ。それじゃあ、また明日。バイバイ」
イタい話を聞いてしまった気がする。
会話をしていたみたいだから、俺に話し掛けている訳ではなさそうだ。察するに、クラスの友達にでも声を掛けられたんだろう。内容が内容なだけに相手の苦笑が手に取るように見える。もちろん、俺は手に取るようにの意味がいまいちピンとかこない。
そして、どうしてもひとつだけ気になる衝撃の事実なのだが……。俺は夢と希望と愛と勇気の存在だったのか。しかも愛と勇気は例のアンパンのもので。マジで一度、親に確かめてみる必要があるかもしれない。
サナカがしばらく黙ってある間、俺はごく簡単に頭の整理をすることにした。
まず、俺は幼なじみの美倉サナカによって、強制的かつ暴力的に『図書会』とか言う、謎の同好会の活動場所に向かうために拉致された訳だ。
まあ、あれだよな、拉致と言っても過言ではないくらいの拉致的な拉致だよな。拉致の仕方に順位かなんかをつけるようなことがあるとすれば、言わずもがなの審査員全員合致でベスト・オブ・拉致、みたいなものに選ばれること間違い無しだな。拉致拉致拉致拉致と、とても不埒なことを言ってしまったな。何つって……。でも、不埒って何?
まあ、さておき、そんな完全無欠な拉致の方法でひっ捕らえられた俺は、袋に無理やりに押し込められ、ズルズルと引き擦られている訳だ。目的地は前述の通り、『図書会』という同好会の活動場所だ。
しかし『図書会』か…………。
見たことも聞いたことも食べたこともないな。新入生歓迎会のメインイベントである、部活動紹介には同好会は参加できないいないはずだから。見てはいないはず。呼び込みの時もそれらしいものは、見かけなかったと思う────って、俺は呼び込みの時には、専ら女子の先輩のコスプレにしか、目をやっていなかった訳だから、覚えていなくても何ら不思議じゃない。
不思議じゃあない。
何故か二回言ってしまったが、コスプレイヤー達は良かったな。思い出すだけで唾液の分泌量が増えて、鼻息も荒くなる。特にあの同好会のコスプ────
「えいっ!」
「う、うぐっ……」
「なんかいかがわしい妄想してたでしょ?今、ピロリロリンって来たから、とりあえず蹴ってた。ふふんふふ~ん♪ 」
鼻歌まで歌いやがっている。しかも、とりあえず蹴るなんて。どういう神経してんだよ。何かの毒素に頭が侵されているに違いないな。ただ、俺も違う毒素に侵されているような気がするから、これ以上は人のことを言えないけど。
しかし、どうして俺はこんなにも冷静沈着そのものでいられるのでしょうか?
それはね、俺がこんなことされて悦ぶ変態さんだから。
とかでは、決して、断じて、全くなくて、案外理由は簡単なのだ。
それは…………
慣れたんだよ! 慣れちまったんだよ!
「とお!」
「ぶぐっ……」
「ウルサい! モゾモゾするな! 運びにくいだろっ! あっ、今のは肝臓あたりを蹴ったつもりだけど当たってる? ららんらんらん♪ 」
ふっ、見事にジャストミート肝臓だったぜ。
うん……。
話を戻そう。例えば、お笑い芸人が裸足で逃げ出すくらいの田舎にある熱湯がでる温泉でも、案外その地元の人は入れてしまうものさ。
何故なのか。それは、その温度のお湯に入り続けいたから体が慣れてしまっているんだ。
それと理屈は同じだ。
例えば、ドMの人でも素っ裸逃げ出してしまうくらいの拷問やいじめでも、毎日毎日ネチネチ、いたぶられて続けていれば慣れてしまう。人間の性とでもいうのか、生存本能の境地とでもいうのか分からないが、そうなってしまうのだ。現に俺はそうだったからな。
拷問、いじめか……。
そう、殴られたり蹴られたり、投げられたり埋められたり張りつけられたり…………。
嗚呼、思い出すよ。肩をトントンとされて振り返ったら、突如左フックが飛んできたこととかさ。逆ヒザカックンと命名された、膝を絶対に曲がらない方向に曲げられそうになったりとかさ。掃除用具箱に二時間監禁されたりとか、スタンダードに殴るって言われて殴り倒された……、なんてことがあったな。
そんなことを小学生になるよりずっと前から、コツコツコツコツされ続けたら、否応なしに体が馴染んでしまうのさ。これが人間の性とでもいうのか、生存本能の境地とでもいうのか分からないが、そうなってしまうのさ。
うっかり同じことを言ってしまったな。あと、人間の性と生存本能の境地って使った割には、意味が理解できないな。
ボーっとして、更に昔を思い出していると、気を確かめられる頃には、目に涙が貯まっていて、耐えきれず一粒の雫が頬を伝ったのが分かった。俺の心はタフに耐えられようとも、体がデリケートに辛いと訴えている表れだろうよ。