数ある洛中洛外図屏風の中でも最も有名な上杉家に伝来したことから「上杉本」と呼ばれる屏風図について、その来歴や作者を考察していくことが本書の目的です。
上杉家の伝来によれば、この図屏風は織田信長から上杉謙信に贈られたもので、
作者は狩野永徳とであるとされ、これが定説となっています。
しかし、その「伝来」が事実かを巡り、研究者の間で様々な論争を呼んできました。
特に今谷明の説は定説を覆し、上杉本が描かれたのは景観年代を天文16(1547)年7月19日~閏7月5日までの間とし、いかに天才画家と言えども当時4歳の永徳が描けたはずがないとし、その根拠となっていた『上杉年譜』などの史料も永徳の実名「重信」を誤記していることから決定的な誤りと断じました。
これに対し美術史家からの反論があり、本書はそれらを踏まえて
制作者・注文者に加えて上杉謙信に送った送り主についても考察を加えています。
結論から言えば、製作は定説通り永徳、注文者は足利義輝、送り主は定説通り織田信長としています。
本書の結論では注文者である義輝は、謙信に幕府を支える大名として上洛を求める意図を込めて
将軍邸へ訪問する大名(謙信)を描かせたと考えていますが、
遠国の大名の在京は周辺の勢力の情勢にも左右され、
まして謙信は関東管領家山内上杉氏を継承している(『(謙信公)御書集』によれば、義輝もそれを承認する使者・大館藤安を派遣している)ので、彼に在京を求めること自体厳しいと個人的には思います。
また、制作途上で義輝が殺害される永禄編が発生し、
完成した屏風図は永徳の元へ留められていたということです。
そして天正改元後、織田信長が天下人としてふさわしいと永徳が認め、
上杉本を信長へ披露し、本来想定された贈与者である謙信との同盟関係もあり謙信に贈られることになったという経緯は妥当だと思います。
本書は上杉本洛中洛外図屏風の研究史をまとめた一般書という側面もあり、
入門に読む本としても最適だと思います。
後は良質な末杉本洛中洛外図屏風の図版を手に入れれば、探求への扉は開かれることでしょう。