ブログネタ:自殺について考える
参加中ほんまに最近多いなぁ、とは思う。
先日も地元の踏み切りで30代女性が特急列車を待っていたとかで
警察に救急車、消防とか色々来てごった返してました。
報道では硫化水素のことが取り上げられてるけど
一時は練炭が取り上げられて...。
報道されることによって
あぁ、そんなやり方もあるのか
なんて思う人間も居ると思うんよな。
苦しむのは嫌やから
皆どうせ死ぬなら楽に逝きたいでしょ?
報道の自由もあるけど
自殺方法を事細かに説明されたら
そっちへ逃げる人がおってもおかしくない気がする。
列車飛び込み事故なんか
一人がやれば何日か続くこともザラやん。
皆引っ張られるんかな。
このストレス社会に疲れきった人間が多いんかな。
『死にたい奴は勝手にしろ』とか
『自分が弱いだけ』とか
言うのんてほんま自由やな、と思う。
綺麗事語るつもりはないけど
本人の苦しみってわからへんやん、誰も。
同じような気持ちは知ってても
それが全く同じとは限らへんわけやし
勝手な発言はできひんよね。
『自殺はあかん』とか
『生きてれば良いことがある』とかってのも
お前に何がわかんねん、て話やし
『苦しんでる人はもっといる』
『生きたくても死んでいく人がいる』
そんなんも結局は他人事な話で
あぁ、こいつらわかってないよ。
て思って更に追い詰められていくんやって。
人が死ぬことによって生まれるものは
哀しみでしか無いんやろか。
生きることも難しいこの世の中で
死ぬことを考える人も少なくないやん。
それを実行にうつすのは
極少数でしかないんかもしらんけどさ
死ぬのって怖いと思うねん。
でも生きるのも怖いときがあるねん。
人間いつかは死ぬし
形あるものはいつか壊れていく。
頭では理解ってても
どうしようもないときってあるし。
せやったら・・・
て考えてしまうこともある。
でも自殺ってさ
絶対後悔しそうやな。
賛成とか反対とかわからへんし
今の零-zero-はむしろ賛成よりやから
立派なこともなんも言えんけど
絡まった何かを解くために命絶っても
余計に雁字搦めになって苦しみそう。
簡単なこと違うやん、だって。
生きるってことも
死ぬってことも。
自殺方法なんか
数え切れんくらいあるわけやし
それを選ぶのかどうかはその人で
止めれるかどうかは周りに存在する人間で。
自分のことも理解できてない人間が
偉そうに発言なんかできひんけど
『自殺』という行為が無くなるなんてのは
今の日本じゃ考えられない。
これが今現在の零-zero-の見解。
めっさ長文やん・・・。