更に言うなら去年から波瀾万丈でした。
去年は五月で職場が撤退し、六月から十二月まで悪夢の専門店に囚われてました。
明けて一月の後半から職探しに奔走し、59才のフルタイム就業の難しさにかなり絶望しました…
キャリアがあるのが邪魔になり、パートも困難。
私より若くキャリアが無い店長からしたら使いにくい?のでしょうね…
ならばと全く別世界の病院の調理補助のパートに応募したらすぐに受かりました。脈がある応募先は返事が早いです。一週間も返事が無い応募先はほとんどダメでした。
ダメな方が返事は早くして貰いたい。早く次を探さないといけないのに、二週間も遅かった会社があります。ハローワークには三日後に不採用の通知があったというから、なんで本人に遅く返事するのか?
失礼な応対に、さすが七期連続赤字の会社だな…と思いました。
間もなく倒産でしょうね~(-_-;)
このダメ会社のせいで就職活動が二週間ムダになりました。
この時に何社も同時に受けないとロスになる事が分かり、ハローワークの方もたくさん応募するよう勧めてくれました。一社づつ返事を待って行動していたらすぐに一ヶ月が過ぎてしまいます!
徒歩七分の病院への通勤は楽でしたが、初日は足が上がらないほど疲れました。
立ち仕事は慣れていますが、それにデカイ羽釜や鍋を運んだり、大きなアルミトレイに小鉢が60個乗ったのを左腕で支えてワゴンの中のトレイに配膳します。なかなかの重量で未だに左手親指の付け根が洗い物したりすると痛みます。筋を傷めていると思います。
乾燥庫の扉に左手親指を思い切り挟み、爪が紫色となり、三ヶ月で生えかわりました。
負傷しても変わらず重たい物を運んでましたから傷めた筋が治りきらないのだと思います。
配膳時間が決まっている為、遅いのはアウトですが、早くに準備も出来ません。慣れないから仕事が遅いのでいつも昼食もそこそこに厨房に入り決められた業務をして、ボードに書いている常食や肝臓、糖尿などの人数を計算してメニューを確認していると決まって小言女王様が何やら指導してきました。
小言が多いから貴重な時間がどんどん減り、また時間に追われました。
四月に入り新卒の栄養士が三人入社してきました。小言女王様は調理師でも栄養士でもなく、調理補助の立場は私と同じ。
年若い新卒の栄養士にはいびつに優しく接していました。
そのストレスが唯一下っ端の私にぶつけられてました。
1度は説教してて興奮して心臓を押さえていました。高血圧らしく怒りと興奮はよくない?
三月半ばに前の会社からまたアパレルの販売代行の依頼があり、通勤は1時間かかりますが、合わない厨房の仕事よりはまだマシだし、丁度、「百日で死ぬワニ」が話題になっていた時期でもあり、あと百日で死ぬとしたら?私はこの楽しくもない、キツく賃金もさほどよくない職場ではイヤだ!と痛切に思いました。
コロナ自粛でアパレルの業績は下降傾向でしたが、それでも長年親しんだ好きな仕事でしたから、戻る事になりました。
元よりデパート閉店で撤退したのであり、業績不振や私から辞めたかったワケではなかった。
それにまだ目標は達成してませんでしたから、ホントに最後のチャンスだと思いました。
六月半ばから今の仕事をしてますが、コロナ禍でもさほど悪くありません。
しかもずっと時短営業で10:00~18:00はかなり楽です!
人生における激動期でしたが、年明けには還暦を迎えますし、あと十年は頑張って目標を達成したいです!
そしたら今までイヤな目にあってきた事が払拭出来る!
あと二日が、今日一日となりました。
雪も大したことないので普通に行ってきます!(^_^)ゞ