最近ナリさんのブログを読み始めて、
あ、本当ここに着くんだよな、とリブログしようとしてたのに、いざしようとしたらどの記事か分かんなくなって。笑
自信のなさや、人生どうしていいのか分からないとか、自己嫌悪の悪循環とか、とにかくどんな悩みもね。
根源は、母親の愛を受け取れてない、愛情不足にたどり着くって話。
私も、とにかくそこに最終的にいつもぶつかる。
母も大変だったし仕方なかった。
あんな母とどう共感して生きれば良かったのか。
私も変だったし仕方なかった。
あの母に認めてもらえなくても避けて通れるんじゃないか。
一緒に笑いたかっただけなのに。
それはもうバッタバタな感情が渦巻く。
そして最近の結論があって。
母を幸せにできなかった自分を責めてるっていう根底があるのに気付いて中々難しくって。
そんな時に、今まで何回か見る機会はあったものの何となく避けてた映画を見た。
かみさまとのやくそく。
知ってます?
お子さんをお持ちのママさんなら全国各地で今でも自主上映とかで開催されてて見る機会があるのかな〜と思います。
内容は、とある産婦人科医さんが日々診察していると、ママに付いてくる子供たちの中に、胎内記憶をもつ子供がチラホラいて、ママのお腹の中にいる赤ちゃんとお話ししたりする子もいて。それを調査してみてますっていう流れから。いろんな子供が生まれる前の記憶を話したり、ママを選ぶときのことを話したり、向こうで会った友達とかの話とか、かみさまがいて〜とかの話をする映画でした。
色んな見方はあると思うのだけど、皆んな子供か言うのが、とにかくママを選んできた、ということ。ママを幸せにするために生まれてきたということ。
生まれてきたからには使命がある!とかそんなことも大きいけれど、どの人間も生まれる理由のひとつは、お母さんを幸せにしたいということ。
だから。
お母さんがご飯を食べさせてくれた。
旅行に連れて行ってくれた。
習い事をさせてくれた。
おもちゃを買ってくれた。
そんなことより。
子供がママって呼びかけて振り向いた時に笑ってること。それが一番子供の幸せなんだよね。
何かをしてくれたとかじゃなく。
笑ってる。
ただそれが幸せなんだよ。
私は、本当に、逆に自分の子供からはそれを教えてもらってる。あなたたちがわがままを言おうが何をしようが、ただただ可愛い。
(でもここに到達するまでに本当に長い道のりでしたよ。私。。6歳になる長女にはかなり寂しい思いをさせてきました。可愛いとか思えなくて、抱きしめることも苦手だったし、ママ大好き!と言われてもめちゃくちゃ嫌な顔したり、1年前までは仕事ばかりしていたので…そんなこんなはプロフィール参照してください。)
私も母から見ればきっとそんな存在のはず。
でも、母は私に対して何らかの偏見をもって接してくる。母は育った環境の影響を大きく受けていてその価値観から抜けれていない。母は本当はもっと優しくて笑える人なのに。たくさん傷ついて防御するから余計にいろんな人と闘うことになる。可哀想。
そう思った時に、私も母を幸せにできてないということに自分を責めてるっていうことが確信に変わって。それを今癒し中です。なかなか難しいところなんです。
多分、使命って。たくさんあるの。
地球の物質を楽しむこと。
人間の感情というものを体感すること。
カラダというものを身につけてみること。
時間という感覚を体験すること。
文化を楽しむこと。
多分地球に生まれたからにはこれらは皆んな必須で使命だと思う。
そして。
それを通せば自然と幸せの循環が始まる。
そうして、フラットな自分は存在するだけで多くの人を幸せにしていく。
お金が稼げるとか、
勉強ができるとか、
コミュニケーション能力が高いとか、
人気があるとか、
そんなことによる存在感じゃなくて。
自分らしくあること。
誰かに呼ばれて振り向いた時に、素直な自分でいることが大きな幸せをすでに自分自身が放ててるということ。
それを実感するといいんじゃないかなぁと思います。