ドッグファイト(空中戦)の語源とは。
犬と犬の闘いは主に相手のしっぽをつかむ事だった。戦闘機が出来てすぐの時は装備と言えば機銃のみ。
ヘッドショットと言う戦法も存在するが当時の装甲ならけつをとって撃ち落とす方が早い。それが犬同士の戦闘に見えたため、空中戦の事をドックファイトと呼ぶようになった。
どうも!!AEGISです(≧∇≦)
今日は学校最終日でしたwww
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
明日は休日なんで水曜日から春休みですwwww
春休み中に部屋の片づけと少しは勉強できたらいいなと思ってますww一応来年度から受験生だし( ̄_ ̄;)
通知簿の方ではちょっとヤヴァイ…。社会は前期とかの分も総合して『3』…。
3年の目標はとりあえず『4』で!!!!!!
それと今日も生徒会ありました。
部屋の大掃除したよ。少し備品の配置も変えた( ̄∀ ̄)
だいぶすっきりしたよww
それと一足制だった生徒会室が二足制になったwww
でも今考えてみたら荷物の出し入れの時少しめんどくさいな…。
来年入学してくる一年坊(嫌いな奴ばっかw)のためにも頑張り〼
では
ばいに~~~~
ヘニョチュウから送られてきた謎の画像その2。
ヘニョチュウ、これこそ俺にどうしろと…( ̄_ ̄;)
2015/10/06 アメリカ国防総省(ペンタゴン) PM02:00
俺たち軍人がペンタゴンに来ることは滅多に無い。戦場の空気の方が吸いなれている。ロシア野郎にとっては人生でこれが最初で最後だろうななんて思いながら横目で見ていた。
ガチャリ。
長い間待たされてようやく会議室のドアがあいた。
皆腰を上げようとする。
「いや、座ったままでいい。」
部屋に入って来たのは片腕にファイルを挟んだアーロン・ライマン陸軍少将だった。今回の作戦総指揮官だと聞いている。
白髪が多い初老の将軍だ
「長旅ご苦労だった。我が同胞も、そしてロシアの諸君もだ。」
メガネをかけながらねぎらいの言葉を俺たちにかける。
「では今作戦の概要を再度伝える。
今作戦は諸君らも存じている通りロシア軍新生派によるウィルス兵器の駆逐及び調査である。
最重要となるウィルスはできれば採取、不可能ならば駆逐することを命ずる。
ここまでは良いかな?」
椅子に座りつつ皆次々に首を縦に振る。
「よろしい。特編精の諸君らにはまたもアメリカに舞い戻ってもらいスペツナズの諸君には祖国を発ってもらった訳だが、それは単純に距離とリスクの問題だ。
ロシア領土を横断する場合現政権派の勢力圏は安全だが新生派の勢力圏内では本作戦の大事な人員が減りかねん。すでに空中戦も展開されてるそうだな?ニコライ曹長。」
横目で俺の隣、最前列の一番左に座るスペツナズ体調を見る。
「はい、現政権側では4機、新生派では確認できている限りでは3機が撃墜されています。」
ロシア人の割に流ちょうに英語を話す。
「制空権は今の所どちらもほぼ均等なのですが空軍基地が孤立状態の基地、都市戦が展開されている街も数か所あります。報告によれば若干のゲリラ戦も発生しているそうでして…。」
「ご苦労。続ける。今彼が言ってくれたように内陸地を横断するのは危険である。10月ともなればロシアは氷点下だ。体力面でも辛いだろう。
そこでこれから諸君等は原子力潜水艦ノースダコタに乗船、一路イギリスへ向かってもらう。そしてそこからロシア国境付近までイギリス軍協力の元、接近。そこからロシア国境内部へ侵入、ウィルス開発施設へと潜入してもらう。何か質問は。」
「将軍、よろしいでしょうか。」
「何かね?」
俺は初めて質問をした。
「我々はチヌークに乗り、その際武器の携行もしました。我々をアメリカに返すのならあそこまで進軍用の荷物は要らなかったはずですが。」
「確かにそうだな。しかし、ロシアの中に内通者が要るとも限らん。今作戦は諸君らとアメリカ政府のトップ、ロシアでもスペツナズの彼らとスペツナズ指令、現政権派の司令官、そして大統領しか知らん。」
正直ロシア政府内部で荒れた結果が内戦だと分かっている物の作戦内容を知っている人間の少なさに少しの不安を覚えた。
「一週間後、ここを発ってもらう。ゆっくりしてくれ。以上だ。」
全員が立ち上がり部屋を後にする将軍に敬礼をした。
続く
俺たち軍人がペンタゴンに来ることは滅多に無い。戦場の空気の方が吸いなれている。ロシア野郎にとっては人生でこれが最初で最後だろうななんて思いながら横目で見ていた。
ガチャリ。
長い間待たされてようやく会議室のドアがあいた。
皆腰を上げようとする。
「いや、座ったままでいい。」
部屋に入って来たのは片腕にファイルを挟んだアーロン・ライマン陸軍少将だった。今回の作戦総指揮官だと聞いている。
白髪が多い初老の将軍だ
「長旅ご苦労だった。我が同胞も、そしてロシアの諸君もだ。」
メガネをかけながらねぎらいの言葉を俺たちにかける。
「では今作戦の概要を再度伝える。
今作戦は諸君らも存じている通りロシア軍新生派によるウィルス兵器の駆逐及び調査である。
最重要となるウィルスはできれば採取、不可能ならば駆逐することを命ずる。
ここまでは良いかな?」
椅子に座りつつ皆次々に首を縦に振る。
「よろしい。特編精の諸君らにはまたもアメリカに舞い戻ってもらいスペツナズの諸君には祖国を発ってもらった訳だが、それは単純に距離とリスクの問題だ。
ロシア領土を横断する場合現政権派の勢力圏は安全だが新生派の勢力圏内では本作戦の大事な人員が減りかねん。すでに空中戦も展開されてるそうだな?ニコライ曹長。」
横目で俺の隣、最前列の一番左に座るスペツナズ体調を見る。
「はい、現政権側では4機、新生派では確認できている限りでは3機が撃墜されています。」
ロシア人の割に流ちょうに英語を話す。
「制空権は今の所どちらもほぼ均等なのですが空軍基地が孤立状態の基地、都市戦が展開されている街も数か所あります。報告によれば若干のゲリラ戦も発生しているそうでして…。」
「ご苦労。続ける。今彼が言ってくれたように内陸地を横断するのは危険である。10月ともなればロシアは氷点下だ。体力面でも辛いだろう。
そこでこれから諸君等は原子力潜水艦ノースダコタに乗船、一路イギリスへ向かってもらう。そしてそこからロシア国境付近までイギリス軍協力の元、接近。そこからロシア国境内部へ侵入、ウィルス開発施設へと潜入してもらう。何か質問は。」
「将軍、よろしいでしょうか。」
「何かね?」
俺は初めて質問をした。
「我々はチヌークに乗り、その際武器の携行もしました。我々をアメリカに返すのならあそこまで進軍用の荷物は要らなかったはずですが。」
「確かにそうだな。しかし、ロシアの中に内通者が要るとも限らん。今作戦は諸君らとアメリカ政府のトップ、ロシアでもスペツナズの彼らとスペツナズ指令、現政権派の司令官、そして大統領しか知らん。」
正直ロシア政府内部で荒れた結果が内戦だと分かっている物の作戦内容を知っている人間の少なさに少しの不安を覚えた。
「一週間後、ここを発ってもらう。ゆっくりしてくれ。以上だ。」
全員が立ち上がり部屋を後にする将軍に敬礼をした。
続く
東日本大震災から今日でちょうど一年がたちましたね。
犠牲になられた方々へのご冥福をお祈りすると共に被災された方々の一日も早い復興を改めてお祈りさせて頂きます。
AEGISです。
震災からもう一年がたちました。
一年とはあっという間に過ぎ去りましたね。
2011年は俺には人生が変わる事がたくさんありました。
足を負ったことにはじまり大震災、そして大好きだった祖父の死。
直接的な被災を俺自身は体験していませんが今回は今でもクッキリと思い出せる一年前のあの日を振り替えろうと思います。
2011.3.11
俺はあの日、中学一年生でした。平日でいつも通りの授業を受けてましたね。
教科は理科でした。
内容までは覚えてません。
その時授業はクラスのアホのせいで中断してて俺は窓際一番後ろの席で本を読んでました。
アホみたいですが正直その時のクラスの友達ってまだリア充だったkeep位だったんですよwしかも距離も離れてたし( ̄∀ ̄)
読んでた本はユニコーンの原作でした。
それで読んでたら揺れたんですよ。しっかり。
京都からは100kmをゆうに超す距離の地震までも届くんですから驚きです。
その時最初に思ったことは『俺、体調悪いのかな?』でした。
その時のクラスで俺はいじめを受けてまして、たまに仕返しもしてたんですが…。とにかくストレスがたまっており倒れてもおかしくないくらいの精神状態でした。なんでそう思ったんです。
で、その後授業も終わり。学年末だったんで昼飯も部活も無くてそのまま帰宅した気がします。
それで家帰ったらその頃の最初の行動でHDDの電源とTVの電源付けたんですよ。そうしたら座礁した船とか白波の映像が出て来たんですよ。
白波ってホントは津波だったんですがその時一瞬はなんの映像か分からんかったです。
それが地震だったんですよ。
その一か月後の4月3日、俺のじいちゃんが死にました。ホントはその日はボーイスカウトの義援金募金があったんですが参加できませんでした。
その半年後の9月ごろ、2回目の義援金募金をしました。その時に確かカブスカウトとボーイスカウトで5~6万ほど貯まりました。
そのとき募金をしていただいたすべての方々へ心より感謝をします。
たぶんまた募金活動をする事になるでしょうがまだ中学生で財力も無い俺のせめてもの被災者様への支援です。
1日も早い復興を願っています。
それでは。
犠牲になられた方々へのご冥福をお祈りすると共に被災された方々の一日も早い復興を改めてお祈りさせて頂きます。
AEGISです。
震災からもう一年がたちました。
一年とはあっという間に過ぎ去りましたね。
2011年は俺には人生が変わる事がたくさんありました。
足を負ったことにはじまり大震災、そして大好きだった祖父の死。
直接的な被災を俺自身は体験していませんが今回は今でもクッキリと思い出せる一年前のあの日を振り替えろうと思います。
2011.3.11
俺はあの日、中学一年生でした。平日でいつも通りの授業を受けてましたね。
教科は理科でした。
内容までは覚えてません。
その時授業はクラスのアホのせいで中断してて俺は窓際一番後ろの席で本を読んでました。
アホみたいですが正直その時のクラスの友達ってまだリア充だったkeep位だったんですよwしかも距離も離れてたし( ̄∀ ̄)
読んでた本はユニコーンの原作でした。
それで読んでたら揺れたんですよ。しっかり。
京都からは100kmをゆうに超す距離の地震までも届くんですから驚きです。
その時最初に思ったことは『俺、体調悪いのかな?』でした。
その時のクラスで俺はいじめを受けてまして、たまに仕返しもしてたんですが…。とにかくストレスがたまっており倒れてもおかしくないくらいの精神状態でした。なんでそう思ったんです。
で、その後授業も終わり。学年末だったんで昼飯も部活も無くてそのまま帰宅した気がします。
それで家帰ったらその頃の最初の行動でHDDの電源とTVの電源付けたんですよ。そうしたら座礁した船とか白波の映像が出て来たんですよ。
白波ってホントは津波だったんですがその時一瞬はなんの映像か分からんかったです。
それが地震だったんですよ。
その一か月後の4月3日、俺のじいちゃんが死にました。ホントはその日はボーイスカウトの義援金募金があったんですが参加できませんでした。
その半年後の9月ごろ、2回目の義援金募金をしました。その時に確かカブスカウトとボーイスカウトで5~6万ほど貯まりました。
そのとき募金をしていただいたすべての方々へ心より感謝をします。
たぶんまた募金活動をする事になるでしょうがまだ中学生で財力も無い俺のせめてもの被災者様への支援です。
1日も早い復興を願っています。
それでは。
