皆様


おはようございます。

いかがお過ごしでしょうか。。


最近は、少々立て込んでおりまして睡眠時間を優先させてしまい

なかなか、更新できずにおりました。。


今日も、少々バタバタですが、久々に感じたことがあったので、

メモ代わりに書きます。。


先日、長靴を購入しました。私のではなく子供の。。

大人になって、長靴を履くことはめっきり減ってしまいましたねぇ。

キャンプや、北国の方なら雪対策でいまでも、愛用されているかたもいらっしゃるとはおもうのですが。。


さてさて、、。

その長靴を履いた子供が、楽しそうに、嬉しそうに、

水溜まりでバシャバシャと飛び跳ねて、ニコニコしながら遊んでました。


きっと、いつも水溜りを見ると、本当はバシャバシャやりたいのに、

親が「濡れてしまうので、ダメ!」と言われる感覚を覚えていて、

長靴を履くと誰からも怒られずに、今まで興味のあったことに対して制限なく遊べるという

普段との違いが彼の中では、制限の感覚から少しだけ解き放たれた瞬間だったと思います。


つまり、ひとつの法則?として、「水溜まりで遊んではいけない」というルールを

長靴が制限を超えるためのツールであり、機能であることを少しだけ感じとれたのかもしれません。


そして、恐らく明日晴天だった場合も、長靴を履いて出かけたい!とダダをこねるであろうと思います。


我々の社会、特に私のように仕事人、そして、ある特定のECという領域で生きていると

きっと、見えない制限や自己認識のうえで、勝手にリミッターをかけていることが多いような気がします。



それは、必然でもあり、自然でもあり。


ですが、本当にその感覚や複数の判断が自然であり、必然なのかを

再度見直してみようと考えました。

※長靴ひとつで、そこまで色々考えることができる、相当暇な頭の持ち主なのでは?とあきれるくらい感心してますが。。。(笑)


物事や事象、現象は、すべて捉える側によって、勝手に判断されるものであると思います。


それも、自然。


ECという、モノとおカネが流通する領域にいますと、

やはり、自分自身大切なことは消費者の心の振動を見抜く力を養っていかなくては。

と思った次第でございます。



きっと、いま、長靴を履いて喜んだ子供に、晴れた日に水溜まりをつくるキットを売ると買ってくれるかも?

です(^^)



先日、師匠から教わった「ニューロマーケティング」について現在、猛勉強中の私でした。。



それと。。。。。



ひまわりの芽が昨日、ようやく出てきました。

この夏には、きっと太陽の陽射をいっぱい受ける元気なひまわり会えることを楽しみに

お水をあげていきますー。



今日はここまで。