ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記 -6ページ目

ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

おもにNumeriでお気に入りのブログ転載します。Numeri知らない人はゼヒ読んでヌメラーになりましょう。
※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/

なんでも排除すればいいって問題じゃない。

高橋さんの言葉は深く僕の心に突き刺さった。それは電波やネットに乗って流れてくるどんな言葉よりも、綺麗に整えられて書店に並ぶどんな言葉よりも、巷に溢れる心がこもっていないどんな言葉よりも、僕の心を救ってくれたような気がしたからだ。

僕の勤める職場はなぜか異様に敷地が広く、果たしてここまで広大な必要があるのだろうか、プレハブを3つくらい建てるだけで十分じゃなかろうか、と思うことばかりなのだけど、とにかく、農園を始めるのかと思うばかりの無限の敷地が広がっている。

もちろん「無駄に広い」と言い切るだけの明確な理由は存在していて、どう好意的にカウントしてみても、その3分の1も有効に利用されていない。残りの3分の2は完全に死に体と言っても過言ではないのが実情だ。こんな無駄な土地を持ってるだけで税金はかかるだろうし、売り払って給料にでも還元してくれた方がどれだけ幸せだろうか計り知れない。

しかしながら、その完全に無駄と言い切ることができる死に土地であるが、無駄だからこそと言った新たなフロンティアを見出すこととなった。それは無駄だからこそ守られた楽園というか、無駄だからこそ成し得たフロンティアというか、とにかく画期的で凄まじいものだった。

やる仕事もなく、完全に暇でいてもいなくても変わりない状態、それが今現在に僕が職場で置かれている状況なのだけど、まあ、想像を絶する暇さである。空前絶後の暇さである。あまりの暇さに、小学生が集まるオセロサイトで子供相手にオッサン無双する始末。たまに小学生に負けるから驚きだ。

そんな暇さを効率的に解消できるわけではなく、時間を持て余した僕の行為は敷地内の散歩へとシフトしていった。無駄に広い敷地内を何の目的もなしに散策する。本来なら敷地外へと足を伸ばして行きたいところなのだけど、それだと地域の小学校とかで小太りで怪しげな男が徘徊しています。注意喚起!とか連絡簿に書かれかねないので敷地内に留めておきます。

どんな場所でもそうなのですが、目的もなく散策すると色々な発見があるものです。家の近所でもきっとそうです。心を落ち着けて穏やかに散歩してみてください。普段見えないものが沢山見えてくるはずです。僕も、ウチの職場、こんなのがあったんだ、とこんなに身近にあったのに気づかなかった多くの物を発見することができました。

そんな中、一つのプレハブ倉庫が目にとまりました。大木が茂り、ちょっとした森林みたいになっている一角に存在していたプレハブは、所々が錆び付き、見るからに長い間誰も使っていないことを伺わせるものでした。この通りは何度も通ったことあるのですが、こうして散歩でもしない限りその存在を気に求めない。そんな倉庫でした。

大木の下をくぐり抜け、小さな水たまり飛び越え、伸び放題に伸びた雑草をかきわけて倉庫に近づきます。入口の扉には大きな南京錠がぶら下がっていましたが、その根元部分が錆びて朽ち果てており、ただ強固な鍵がぶら下がっているだけで意味を全くなさない状態に成り下がっていました。

そっとドアを開けます。見るからに年代物の引き戸であるドアも同様に錆び付いており、どんなにゆっくり動かそうとも、ギギギギという何かが削れるような音を、まるで悲鳴のように奏でてスライドしていきます。いや、スライドというよりはそれはこじ開けに近かっただろうか。

完全にドアを開けると、カビのような埃のような匂いがムワっと立ち込めていて、奥の窓から差し込む光に無数の埃が舞い踊り、その踊りが光のラインを象ってる光景が見えた。相当に長い期間、誰も足を踏み入れていないことは確かだった。

「うわー、すげえきたねえなあ」

思わず声を上げてしまう。高層ビルのように左右に積み上がった木製の棚を確認しながら二歩、三歩と奥に歩みを進める。棚にはビニールシートやら正体不明の看板やらが乱雑に収納されていた。その中の白い布を手にとって広げてみると、いつの物だろうか、少し色褪せたその布には「栗拾いツアー」と書かれたいた。おそらく、行事で使った横断幕かなにかだろう。

明らかに我が職場における、いらないもの、邪魔なものなどなど、様々なカオスが押し込まれているこの倉庫、いうなれば厄介払いの箱とでも言おうか、あまり触れたくない、目に入れたくない、いわゆる「いらないもの」が押し込まれているのだ。

この倉庫はなんだか埃っぽいし汚いしカビ臭い、なにより汚くて普通に考えるとできるだけ長居したくない場所なのだけど、なんだか憎めない。それどころか、この場所にいることが心地よく思えてくるから不思議なものだ。この気持ちは分かる人にしか分からないだろうけど、おそらく同族に対する親近感というかシンパシーというか、そういった類のものなのだろう。

片や、いらなくなり、多分もう二度と使わないだろうけど捨てるまでもないような気がするし、もしかしたら惑星同士が衝突するような僅かな確率で必要になるかもしれないし、一応取っておくかという深く考えない気持ちでこの倉庫へと運ばれてきた品々たち。

片や、忙しいはずの職場で仕事がなく、暇で暇で仕方がなくて子供とオセロをして負ける僕。それすらもやりすぎて飽きてきてしまって本格的にすることがなくなってしまったので散歩なんて始めてしまい、この倉庫へと辿り着いた僕。そう、ここにある品々はまるで僕だった。色褪せたこの横断幕は僕そのものだった。

今や僕そのものとなったカオスな品々に、まるで「よう、元気してたか」と軽やかに挨拶するかのように一つ一つ品定めし奥へと歩みを進めていく。打ち捨てられた品物たち、色褪せた品物たち、悪臭のする品物たち、それらはやはり僕自身そのものだった。ふと一番奥の突き当りに異様な品物が置かれているのを発見した。

ほかの品々は乱雑とは言えすべて棚に納められている。しかしながらこの品物だけは通路の一番奥の突き当りの床に威風堂々と置かれていた。窓枠には届かないくらいの高さの数十センチの直方体。緑の布がかけられていて、その上に埃が積もったその謎の物体が窓からの光に照らされ、異様な存在感を放っていた。

おそるおそる緑の布を手にとってみる。ザザっと上に乗っていた砂がコンクリートの床に落ちる音が聞こえた。思ったより軽かったその布を一気に取り去る。ムワッと大量の埃が舞い上がり、光の筋をより鮮明に浮きだたせる。果たして、そこには予想だにしない途方もない品が鎮座しておられた。

それはエロ本の山だった。

20冊はあっただろうか。「写真塾」などとポップなフォントで書かれているエロ本が積み重なり、ビニールの紐でシッカリと縛り付けられていた。縛り付けた人間がどんな思いであったか伺えるほど強く縛られたビーニーる紐は、エロ本の四辺に強く強く食い込んでいた。

「なんでこんなところにエロ本が」

ハッキリ言って、完全にパニックだった。僕もいい年した大人だ。中学生のようにエロ本ごときで南米に祭りみたいに騒いだりはしない。しかしながら、あるはずのない場所にあってはならない物体があると少なからず心がざわついてしまう。このエロ本は草原を吹き抜ける風が草花を揺らすように、僕の心をざわつかせた。

普通に考えて、これは他の品々とは異質である。他の品々は職場で使われた不要な物が運び込まれているわけで、けれどもこのエロ本の数々は確実に職場では使われていないはずだ。むしろ使われていたら嫌すぎる。そう言った意味では、誰かが個人的な品物をここに運び込んだと見るべきだ。

おまけに、このエロ本たちのラインナップを見てみると、その品揃えはなかなかカルマが深い。コンビニなどに売られているライトなエロ本を出来心で買っちゃいましたというラインナップではなく、明らかにその道のプロが集まる書店で買い揃えた品々だ。魑魅魍魎どもの叫び声がねっとりと本自体に巻きついている。相当な思い入れがあるであろう逸品たちだ。

僕の推理はこうだ。このエロ本の持ち主は誰なのか知らないが、なかなかの選球眼を備えた名選手だ。その名選手が逼迫した事態に直面した。おそらく家族にバレそうになったかバレたか。大量のコレクションを処分しなくてはならなくなった。そうなった時、人は全滅だけは避けたいと考えるだろう。せめて精鋭たちだけは残したいと考えるはずだ。このエロ本たちにはそうやって選りすぐられたであろう選抜メンバーのオーラがあった。

困りに困った誰かは、その選抜メンバーをこの誰も近寄らないだろう倉庫に置いた。いらない品物を置きに来る時くらいしか人の立ち入らない、誰もが存在を忘れているこの倉庫に置いたのだ。エロ本たちの発行年数から推察するに、おそらく2年ほど前に置かれたものだろう。

さあこれはとんでもないことになった。いらないと思っていた我が職場の余剰土地、そこにひっそりと佇む、これまた必要性の感じられない倉庫。そんな究極的に不必要と感じられる場所に置かれたエロ本という宝物。なんというか、全く期待していなかった場所にとんでもない品物が置かれていた事実に僕の心は踊った。この舞い踊る誇りたちのように踊ったのだ。

それから倉庫に通う日々が始まった。相変わらず仕事はなく、いわゆる使えない人、仕事のできない人な僕なわけなのです。そりゃあ頑張って仕事している人に悪いなとか給料泥棒ですいませんって思ったりして心が重く、それでもできないものはできないんだから仕方ないと葛藤に苦しんだりするわけなんですけど、そんな心苦しい職場にあってエロ本倉庫は僕のオアシスになったのです。

暇なとき、仕事ができない自分が嫌になった時、散歩がてら倉庫に寄り、そこでエロ本を読むわけです。匠の残したエロ本を読み、そこに込められた魂に思いを馳せる。そうすることで精神のバランスを保てるとでも言いましょうか、とにかく、平穏に暮らしていけるようになったのです。

ちょうどその日も、僕は件の倉庫でエロ本を堪能していました。じっくりと、読者のお便りコーナーみたいなページまで開き、「タイタニック平岡と申します。もう少しスカトロ系の特集もお願いします(笑)」という投稿に(笑)じゃねーよ、そのペンネームどういうセンスだよ、と文句を言いつつ、そろそろ職場に戻るか、と立ち上がりました。

二枚写真を並べて間違い探しをされたとしても絶対に気づかれないレベルで元あった状態にエロ本を戻し、全く同じように布をかけます。そして外に出てあおの立て付けの悪いドアを閉めます。立て付けの悪いドアはいつものようにギギギと大きな音を立て、その音に少しビクビクしながら、なるべく音を出さないようにそっと閉めます。その時でした。

「誰かいるのか?」

茂みの向こうから声がしました。明らかにこちらに問いかけてきています。まずい、偉い人だったりしたらどうしよう。絶対にここで何してるんだとかそういう話になる。そしたら暇なんで誰かが残したエロ本読んでました、とでも言うのか。そんなの絶対にクビになる。まずい。絶対にまずい。

茂みをかきわけ、恐る恐る覗き込んでみると、そこには高橋さんが佇んでいた。高橋さんは僕より年上のご老人で、非常に温厚なことで知られている。そこまで口数も多くなく、いつも暇そうにしているお方だ。こう言ってしまったらすごく失礼かもしれないけど、なんとなく僕と同じ匂いのするいわゆる仕事のできないお方だ。僕は見つかったのが高橋さんであったことに安堵した。

「なにやってんだ?こんなところで」

高橋さんは即座に口を開く。さすがにエロ本読んでいた、それも読者の投稿コーナー、タイタニック平岡の投稿、とは口が裂けても言えない。

「高橋さんこそここでなにやってんですか?」

僕は誤魔化すように質問を投げかけた。高橋さんは少し周囲を見渡すと、少し悪戯な表情で笑いながら

「なあに、あんまり暇なもんで散歩をな」

と言った後に立てた人差し指を口元に運んだ。なんだか妙な親近感を覚えて安心してしまった。僕だけではなかったのだ。

「ちょっと散歩してたら、蜂が見えたからな、どこかに巣があるはずと思って探してみたら、ほれ」

高橋さんは木の上を指差した。

「あれ、蜂の巣ですか?」

見ると、木の枝分かれしている根元の部分に、変な性病でチンポコにできたコブみたいな丸い物体が、ブスな女の脳みそみたいな物体がしがみつくようにぶら下がっていた。

「ああ、そうだ」

瞬時に嫌な記憶が蘇る。あれは高校生の頃だっただろうか。クラスのイケてるグループに属する女子軍団が、これまたイケてるグループに属するイケメン男子軍団に、「女子更衣室のところにハチの巣があるから何とかして欲しい、怖い」と頼んでいるのをイケてない男子であるところの僕は眺めていた。

イケメン男子はどもは「よっしゃまかしておけ」と言い、腕まくりしながら教室を出て行った。どうせ蜂の巣の駆除に成功した暁には「抱いて」とかなって、グループ内で色んな男に抱かれまくって八の巣にされるんだろうなんて考えて、上手いこと言ったなどと一人でニヤニヤしていた。

そこにクラスのブスで地味なグループがやってきて、何故か僕に「私たち美術部の部室の前にハチの巣が出来てるから何とかして欲しい」と頼んできた。イケてるグループはイケてる男子に、ブスはイケてない男子である僕に頼む。クラス内のヒエラルキーは、正しくハチの世界そのものだった。

ブスとは言え、女子に頼まれて舞い上がってしまった僕は、ハシゴとビニール袋を借りてきていざ鎌倉へといった勢いで美術部部室へと向かった。そこには、見まごうことなきハチの巣が存在していた。窓の外にぶら下がる大きな大きなハチの巣。この時ばかりは、なんでこんなになるまで放っておいたんだ!と怒る歯医者さんの気持ちが少しわかった。

僕はハチの巣なんてあの小さいパラソルみたいなものを想像していた。けれども、目の前には乳幼児の頭部くらいはありそうな、ちょっと笑い話にもなりもしないレベルのハチの巣。これはいくらなんでも素人がどうこうできるレベルを遥かに超えてる。放射能扱う人が着る服みたいなのが絶対に必要だ。

それでも、やると言ってしまった手前、処理しなくてはならない。はしごに登り、巣に手をかける。明らかに何かを察したハチが大量に出てくる。右腕に激痛が走る。たぶん刺された。おそらくスズメバチではないようなので大丈夫そうだが、かなり痛い。あまりの痛みに手を引っ込めると、そのまま巣が外れてゴロンと下に落ち、バウンドしたかしなかったか忘れたけど、そのまま美術部の部室の中へと吸い込まれるように入っていった。

そこからはもう、怖くなって見ずに逃げ帰ったので伺い知ることはなかったけど、幸い、部室には誰もいくて大事には至らず、ただ僕が美術部にハチの巣を投げ込んだテロリストみたいな扱いになっただけだった。ハチの巣を見ると、あの時の刺された痛み、そしてハチの羽音、そしてブスたちの冷たい視線を思い出す。れっきとしたトラウマというやつだ。

「大変じゃないですか!駆除しなきゃ!僕、ハチの巣コロリ的な殺虫剤買ってきますよ!」

トラウマが蘇りつつある僕は大声で高橋さんに話しかける。それどころか、一刻も早く駆除したくて、いてもたってもいなくて今にも走り出しそうな勢いだった。

「まて!」

そんな僕を高橋さんは右手で制する。落ち着けと言わんばかりの険しい表情だ。

「早く駆除しないと!」

ちょっとパニック気味になっている僕。全く話を聞く様子がない僕に高橋さんが落ち着いて、諭すように話し始めた。

「あれはニホンミツバチの巣だ。ニホンミツバチは余程のことがない限り刺さない。焦って駆除するより、自然の状態を守ることも大切だ」

僕も後で調べて知ったのだけど、日本に生息する数あるハチの種類の中でニホンミツバチはかなり温厚な種類になるらしい。巣が攻撃されるなどの余程のことがないかぎり人を襲うことはないらしい。そんな危険性のないハチの巣を焦って駆除する必要はない、むしろハチがいなければ受粉ができない植物があったりと、困ることだってある。そんな高橋さんの考えだった。

「なんでも排除すればいいって問題じゃない」

その言葉は深かった。確かに、ハチの巣はビジュアル的に恐怖感満載で、圧倒的に畏怖するようできている。それは、ハチが危険なものであると僕らの本能に刻み込まれた記憶故のことだろう。しかし、あまりの恐怖に狂ったようにヒステリックに駆除する必要はないのだ。ハチにだって役割はある。こんな誰も通らない必要ない敷地の茂みの中、それも危険性の低いニホンミツバチ、いたずらに彼らの住処を脅かす必要はないのだ。

同じことが僕の置かれた状況にも言えるのかもしれない。世間では勝ち組だ負け組だの大合唱が続き、効率化の名の元に様々な改革が行われてきた。そんな中で「仕事ができない奴は無駄」という風潮が確かに存在する。どんな職場であってもきっとそうだろう。それは確かにその通りで、完全にごもっともなのだけど、仕事ができない僕なんかはその言葉だけで存在を殺されたに等しい。

けれども、このハチの巣だって無闇やたらに排除していいもんじゃない。それと同じで、仕事ができない人間を無闇に排除しても良いものだろうか。僕が言えた義理ではないけど、きっとそれは良くない。仕事ができなくたって、必ず別の何かの役割があって存在を許されてるんだ。

高橋さんの優しい表情は、僕のことを見透かしてそう言ってくれているような気がした。このハチの巣も、有り余った職場の敷地も、誰も存在を忘れている倉庫も、打ち捨てられた横断幕も、エロ本も、タイタニック平岡も、僕も、みんな不必要に思えるかもしれないけど、闇雲に排除して良いものじゃないんだ。そう、僕らは存在していていい。僕も君たちも、存在していていい。きっと僕らはどこかで役に立つのだ。

なんだか救われたような気がして、僕は溢れる涙を堪えることしかできなかった。吹き抜ける風、揺れる木々のざわめき、踊るニホンミツバチ、高橋さんの笑顔、全てが優しさに満ち溢れていて、否定されるべき存在などこのようにないと強く思ったのだった。

とまあ、ここで終わっていればなかなか前向きな日記になっていたんでしょうけど、問題はここからです。

職場での会議の席でした。ある若手のホープというか、中国の経済進出みたいな感じで目覚しく台頭してきた若手社員のバリバリ仕事できる方が、会議の席で発言したのです。

「実は、倉庫の近くに大きなハチの巣があるのを発見しまして、非常に危険なので駆除していただかないと……」

彼はよく通る声でそうハッキリと言いました。

「そんな倉庫あったか」

「ああ、あそこにあったあった。いらないもの入れてる倉庫!」

会議に出ている面々はやはりあの倉庫の存在自体を覚えていない様子。しかしながら説明されてやっと思い出したようでした。

「それはいかん、危険だな」

「一刻も早く除去しなきゃならん」

「業者に頼むと金がかかりますよ!」

もちろん、「ハチの巣」という響きだけで会議の面々は危険と判断し、「除去やむなし」といった声が高まってきます。けれども違うんです。あのハチの巣はそこまで危険ではない、おまけにエロ本を読みに行くエロガッパくらいしか通らない場所、そこまで無理して除去する必要はないんです。

このままではあのハチの巣が除去されてしまう。僕は焦りました。あのハチの巣と自分を完全に重ね合わせていましたから、それが撤去される。それはまさしく僕の存在そのものを否定されかねないことでした。

僕は視線で会議の席に同席していた高橋さんに訴えかけます。これは戦争です。僕ら仕事ができない人間を排除する動きです。あのハチの巣を撤去させていはいけない、守らなくてはならない。なんでも排除すればいいってもんじゃない、あの時のようにそう発言して欲しかったんです。

しかし、高橋さんは何も言わず押し黙っているままだった。俯きながら、何かを必死で堪えている様子だった。そんな高橋さんを見て、僕はハッとなった。そう、おそらく高橋さんも同じ気持ちで、あのハチの巣の除去を阻止すべく発言したいのだ。ガツンと、なんでも排除すればいいってもんじゃない、と言ってやりたいのだ。

けれども僕も高橋さんも仕事ができない部類の人間だ。職場という社会では、仕事のできない人間に発言権はない。多分、この場でどんなにハチの巣の危険性のなさを説いたとしても、聞き入れられることはないだろう。それが分かっているから、高橋さんは押し黙っているのだ。

もうだめだ。きっとあの巣は除去されてしまう。それは即ち僕ら仕事ができない人間への否定だ。いつか僕らも同じように「除去」されるだろう。それが社会の仕組みなのだから。

諦めの境地に近い感情が芽生える。最後にもう一度、高橋さんに目をやると、高橋さんはおもむろに挙手し、何かを発言しようとしていた。その眼差しはなにか決意めいたものを感じた。彼は言う気だ。あのハチの巣を守るため、僕ら仕事ができない人間を守るため、彼は決意したのだ。

「ん!?どうしたの高橋さん?ああそうだ、高橋さんそういうの得意でしょ、ハチの巣除去してくれませんかね?若い社員何人か使っていいから高橋さんの指揮で」

発言しようとする高橋さんを遮って偉い人が言った。馬鹿にするな。高橋さんは僕らを守るために今から発言するのだ。そんな提案に乗るわけがない。

「はい、おまかせください!」

どうやら「若い連中を指揮する」という言葉が高橋さんの自尊心を刺激したらしく、久々に任された大役に発奮してしまったようだった。

最終的に、あれほどハチの巣を守ることの大切さを説いていた高橋さんが、

「焼き払えー!」 みたいな感じで大ハッスルでハチの巣の除去をしていた光景を目の当たりにし、おいおい、さすがにひでえよと思いつつ、悲しむことしかできなかった。もしかしたら、僕らは存在していてはいけないのかもしれない。

ちなみに、倉庫のあのエロ本は偉い人に見つかって大問題になって犯人探しが始まったのだけど、高橋さんの物だったらしく、すごい問い詰められて彼ははいつのまにか別の土地へと飛ばされていった。倉庫も撤去され、あのハチの巣もエロ本も倉庫も高橋さんも、もうここには存在しない。なんだか心にポカンと穴が空いた気がした僕は、存在しなくていいものなんてきっとない、僕が寂しいのだから、そう思った。