それは好奇心であったかもしれないし、ひとかけらの冒険心であったかもしれない。常に新しい地を開拓していくフロンティア精神は全ての人間が持ち合わせているかもしれないけど、やはり実際にそれを行動に移すその勇気は賞賛に値する。
「18歳未満立ち入り禁止」と書かれたのれんをくぐり、ビデオ屋のエロビデオコーナーでエロDVDを穴が開く勢いで吟味していると極稀にではあるが女性が入ってくることがある。軽やかな布地ののれんであるのに重苦しそうにくぐって突入してくる女性の目は好奇心に満ち溢れ、それと同時に恐怖心に満ち溢れている。
女性かて田園調布で育ったお嬢様でもあるまいしエロビデオコーナーという存在がどういうものか理解しているはずだ。決して若い女性が単独で立ち入ってはいけない場所だと、場違いだと理解しているはずだ。しかしながら、彼女は異世界を自らの眼で見てみたいと熱望したのだ。その欲望が体を衝き動かし、ビデオ屋店内で最も重力が高いであろう場所に導いたのだ。
そのか弱き女性の目に映ったものは間違いなく異世界だっただろう。目の前には小汚い背の高い男が床に座らんばかりの勢いで棚の下の方のエロビデオを凝視している。なんでそんな下の方なの?そこってすごい古いビデオとか置いてあるんじゃないの?それよりなにより、エロビデオコーナーに女性が入ってきたら恥ずかしくて焦ったりするんじゃないの?どうしてそんな不動なの?わからない、わからないわ!異世界の扉をノックした彼女は目を丸くし、初めてテレビを見た原住民みたいな表情になるのです。間違いなく多くの衝撃的な体験をするはずです。
僕らの生活はどんなに好奇心旺盛であろうともいつのまにか無意識に壁を作ってしまいがちです。どんなに視野が広いという自負があろうとも、自分は何でも興味を持ってやっているという自負があろうとも、無意識下では壁を作りまくり、その迷路のようになった壁と壁の間を歩いているに過ぎないのです。
エロビデオコーナーなど、18歳未満出なければ誰でも入れるコーナーです。しかしながら世の女性は無意識下で「あのコーナーには入らない、入ってはいけない」といった壁を形成し、自分の世界を狭い狭い通路にしてしまっているのです。その壁を打ち壊してみれば今までに経験したことのない新しい何かがきっと得られるはずなのです。良し悪しは別にして。
僕かて、物怖じせず何でも首を突っ込んでいる性質ですが、それでもやはり無意識に壁を作りがちです。例えば少女マンガなどもそうですが、無類のマンガ好きでも少女マンガだけは読もうとしない。なんで少女マンガの雑誌類ってあんな人を殺せそうな分厚さなんだと読もうともしません。出てくるキャラが全て美形過ぎて読む気がしない。ここでも少女マンガなんて、という壁が形成されているわけです。
しかしながら、何かを思い立ってその壁を壊してみる。すると、思いのほか大きな収穫が得られるのです。何で意固地になって拒んでいたのだろう、と少し前の自分を愚かだと思うほど新しい発見が必ずあるのです。少女マンガだって、何かの拍子に手にとって読んでみると結構面白い。「ライフ」というマンガを読んでみたのですが、なかなかどうして面白い。また、ちょっとエロい表現のマンガなどになると、その辺のエロマンガより少女マンガのほうがエロ描写がエグイ。女子プロゴルファー横峰さくらの半生を描いた少女マンガなどは、さくらのお父さんすら超美形のダンディズムに描かれていて笑える、など衝撃的な刺激がてんこ盛りでした。
巨大迷路の攻略法は、左側の壁に手をついてずっと進んでいくものだとキン肉マンでも言ってました。そうすれば全ての道を網羅することになりますから自然と出口に辿り付く事ができる。けれども、もっと簡単な攻略法は迷路を形成している壁を乗り越える、もしくは壁をぶち壊すことなのです。さすれば手っ取り早く出口にたどり着けるどころか固定概念にとらわれない新しい何かをきっと手に入れられるはずです。
先日のことでした。とある繁華街をテカテカ光る看板を眺めながらくだらねえと呟いて冷めた目をして歩いていた時でした。目の前に飛び込んできたのは衝撃の「まんだらけ」という文字。決して健全とは言えない繁華街で「ナース女学院」とかいかがわしい店舗が軒を連ねている場所なのですが、さすが「まんだらけ」はなかろう、マンで、それがいっぱいだなんて!破廉恥すぎる!マンコマーク!とウブな僕は頬を赤く染めるのでした。
落ち着いて考えてみると、これはそういった生殖器的な意味合いではなく、おそらく「漫画」から取った「まんだらけ」の意味合いなのでしょう、きちんと看板にも「漫画、アニメ、同人誌」といったことが書かれていました。早い話、ここはそういったアニメ関係や同人誌関係の物を扱っている店、早い話がオタクな方々を相手にした店舗のようでした。
僕かてマンガやアニメは好きな方ですが、あまりオタク的要素はありません。ですから、こういった店舗は決して入ることがない心の中の壁でありまして、普段ならそのまま素通りするのですが、新境地を見てやろう、心の中の壁を壊してやろう、と入店することを決意したのです。
しかし、いきなり特攻するのは愚かなことです。中に何があるのか、どんな客層の人々が来店しているのか、そういった情報を手に入れずに突入するのは決して勇敢とはいえません。ただただ無謀なだけです。情報収集をするため物陰に隠れ、じっと入店していく客の様子を眺めていました。
するとまあ、入っていくわいくわ、何かの濃度が絶対的に高そうな人々が次々と店内に入っていくのです。変な紙袋にポスターぶっさした人々や、どう好意的にみてもモバイルじゃないノートパソコンをカチャカチャやりながらはいっていく人々など、決して相容れない異教徒のモスクを見ているような気分でした。
そこに一人の青年が現れました。青年は若く、高校生かそれくらいの年代に見えます。おそらくクラスでは「ハカセ」などと呼ばれていそうな弱々しいいでたち。その青年の入店の様子が圧巻だった。
彼は見た目こそはそこらへんにいる標準的なオタクの人なのですが、入店前からめがねに手を書け、何やらブツブツ言っている。この時点で普通ならヤバいのですが、この店舗の前ならこれくらいは当たり前。そこからがすごかった。
「まんだらけ」の入り口は自動ドアになっていて、その中央に「押す」というボタンがあったのです。つまり、人が通っても勝手にあかないようにボタンを押さないと開かないようになっているのですが、その青年、突如そのボタンを正拳突きですよ。思いっきりパンチですよ。
いやいや、どういった類の暴力ですか。軽く押せば良いボタンを壊さんばかりの勢いで大パンチですよ。で、その開いたドアをテキサスのならず者のようにふてぶてしく入っていきました。オタク青年がテキサスの暴れ馬に大変身ですよ。一体彼に何があったのか。
こりゃあ、まんだらけを舐めていたのかもしれない。さっきから入っていく人々が凄すぎる。濃すぎる。半端な覚悟で入っていったら命すら取られかねない。とりあえず何があっても驚かないよう、僕は心臓を叩いた上でそっと「押す」ボタンに手を触れて店内に入店するのでした。
店内に入るとクソ長いエスカレーターがあって、その脇には二次元美少女などでふんだんに彩られたポスターがいっぱい。早くも異次元に続くエスカレーターのような気がしなくもないですが、そっとエスカレーターに足をかけ怯える子羊のように異次元に向かって進みました。
店内に入るとアニメの音楽っぽいのがやや大きめの音量で流れており、ちょっと店内の照明は暗め。ちょうど蛍光灯が切れかかった佐藤君の家みたいな明るさでした。で、店内にはズラーッと本棚とガラスケースが並んでいました。微妙に客が多くて店内はギュウギュウ詰め。
早速、ガラスケースの方を覗きにいくと、そこはアニメグッズやらアニメのセル画などが売ってあるコーナーでした。セル画に7万とか訳のわからない値段がついてた。確かに綺麗だけど高価すぎるよ。
訳のわからない値段に眩暈を覚えつつも本棚の方に行くと、今度は女性が狂ったように本を買い漁っているコーナーですよ。テレビとかでバーゲンの様子をやってることがあるんですけど、ちょうどあれのように我先にと本を手に取っては戻し、手に取っては戻し、ですよ。なんか他の子を押しのけたりとか奪い合いになったりとか、とにかくすごかった。
なんでそんなに必死なんだと僕もその女性達に混じって本を手にとって読んでみたんですけど、皆目理解できない。外国の本、それも良く分からない専門書を読んでいるような気分でした。
オタクパワー恐るべし。とか思いながら次のコーナーに行くと、今度はコスプレコーナーのおでましですよ。アニメキャラのコスプレ衣装とかを売ってるコーナーなんですが、そこでも女性が狂ったように衣装を手にとって吟味しているんです。
こう言っちゃ何ですが、身も蓋もないのは熟知しているのですが、衣装を着る前から何らかの夜は墓場で運動会なキャラのコスプレですかな?と聞きたくなるような女性が必死にセクシーでボディーコンシャスな衣装を吟味してるの。それで誰を悩殺する気だ、とか、それはないだろうとか突っ込む以前に、そもそもサイズがあってないっぽいところがすごい。14号くらいの人が7号の服を選んでおる感じ。
コイツはすげーな、とか物陰で見てたら、先ほどのコスプレを選んでいた人が僕の隣にやってきて何やら友人と話をしている様子。聞き耳を立ててみましょうかね、と聞いてみると
「うーん、迷うちゃうなー」
「買いだよ!買われちゃったら後悔するよ!」
「でもまー、一晩真剣に悩んでみるわ」
と、彼氏に浮気されて悩んでファーストフード店で相談する婦女子のように真剣に話し合ってるんですわ。悩む前にサイズが明らかに違うのにな。一晩じゃどうにもならんだろ。
そんなこなんで色々な部分に驚愕していると、今度はセーラームーンのコスプレしたオッサンが登場ですよ。オッサンが!セーラームーン!ですよ!
僕はセーラーマーズの方が好み、とかそういったのを超越してですね、オッサン、セーラームーの衣装を完璧に身に着けてるのに腕毛モジャモジャなのな。このインパクトをどう伝えていいのか分からないんだけど、そのセーラームーンオッサンは胸に「ゲスト」という名札をつけてたからおそらく一般の人なのだろう、さすがにこれは驚いてパンツがちょっとずり下がったわ。
すげーなー「まんだらけ」ってのは、女の子は同人誌のためなら親兄弟でも殺しかねない勢いで買ってるし、コスプレ衣装はサイズ関係なし、おまけにオッサンがセーラームーンのコスプレだぜ。
もうこれ以上は、例え黒ミサが行われだしても驚かないつもりだったのですが、そこからがさらに圧巻だった。突如、武士みたいなコスプレをして顔を真っ黒に塗った人が現れてきて元ネタが何なのかさっぱり分からないコスプレだったのですけど、その人が威風堂々とステージに上りだすのです。
ちょうどコスプレコーナーの横辺りがステージになっていて店内を見渡せるようになっていたのですけど、そこに恰幅の良い武士みたいなコスプレイヤーが登るのな。
で、どういった儀式なのか分かりませんけど、いきなりカラオケセットが出てきて武士がカラオケはじめるんですよ。それと同時に店内に流れていた音楽が止まり、武士のカラオケ音声がBGMにチェンジ。店内中に彼の歌声が流れ出すのです。
最初は何の歌か分からなかったのですが、1曲終わって拍手もなく、武士はさらに2曲目をチョイスして唄いだしたのですけど、「2曲目も唄うのかよ」という僕の心の中のツッコミも空しく、彼が歌った曲は「キャッツアイ」
「みーつめるキャツアイ♪」
とか物凄い裏声で歌うのな。超音波兵器みたいな高い声で歌うのな。それが店内中に響き渡るのはまだ良いのですけど、どうもその「みーつめるキャツアイ♪」の後の部分が難しくて分からないみたいで、
「みーつめるキャツアイ♪フニャムニャフフン♪」
とか唄ってんの。
で、どう見ても異様な光景なんですけど誰も気にしてステージを見るような素振りはなく、まるで普通のこと、山で山鳥が鳴くのは普通のこと、と言わんばかりに女性などは狂ったように同人誌を漁り続けているのです。
ふと見ると、武士コスプレのカラオケを凝視しているのは僕とオッサンセーラームーンのみ。オッサンセーラームーンはノリノリでゴーゴーダンスみたいなのを踊っていました。
もうなんというか、全体的に凄い、僕の知らない世界だったと驚愕していると、そこに外国人客が登場ですよ。外国かぶれの日本人女性みたいなのに連れられてきたヨーロッパ系と思わしき白人男性。日本の文化が誤解されてしまう!と危惧したのも遅く、外国人男性はステージ上の武士を見て「Why?」とだけ呟いてました。
そんなこんなで、明らかに異次元な世界に驚愕し、好奇心から初めてエロビデオコーナーに入った25歳OLのような気分を存分に味わえたのですが、やはり自分の中で無意識に作ってしまっている壁を破壊することは大切です。何事も経験という言葉があるように、どんなことでも経験してみればきっと新しい発見があり、それが自分の糧となるのです。そう、きっと。
僕も最初こそは「まんだらけ」店内で行われているオタクな人々の異様な黒ミサにショックを受けたのですが、その後、その下の階で売っていたエロ系の同人誌が結構エロくて抜けそう、という新しい知見を得ることができました。こういった爆乳な女子の痴態を描いた同人誌があってこそ、そういった生殖器的作品があってこそ真の「まんだらけ」なんだろうな、と大満足し、自動ドアを正拳付きで開けて店舗を後にするのでした。今度はコスプレ衣装買ってステージでカラオケをしたいと思いつつ。