数年前のことでした。その頃、実家に住んでいた僕は、学生をやっていました。親に学校に行くと偽ってパチンコに行ったり、教科書買う金がいると偽って金を奪ったりと、自他共に認めるダメ息子、ダメ学生でございました。
そんなキングオブダメ人間にも、テストという名の試練が訪れます。日々の授業などはサボりまくりで良いのですが、さすがにテストだけは避けて通ることができません。下手したら一撃で留年になってしまいます。
付け焼刃とは分かっていても一夜漬けでテストをクリアしていく必要があったのです。1週間のテスト期間は正に地獄で、前日に徹夜で狂ったように数式やらを覚えこみ、次の日のテストを受ける。テストが終わったら次の日のテストに備えてまた徹夜。と精神的にも肉体的にも過酷なものでした。
ちょうど今ぐらいの時期の頃、僕の行っていた学校は学年末試験があったのですが、当時の僕は非常に追い詰められていた状態でした。下手したら、いやいや下手しなくても留年する公算が高い。これまで怠けてきた事が祟り、どうみても留年率80%はありそうな雰囲気でした。
もう学年末試験で一発逆転に賭けるしかないな。自然と僕は決意します。学年末試験に全てを賭ける。絶対に大逆転してみせる。よし、狂ったように勉強するぞ、と。
僕の決意は相当なものでした。よほど留年したくないのか、いつも以上の一夜漬けを決行することを誓いました。それでもやはりテスト勉強が一夜漬けというのがダメ人間のダメ人間たる所ですが。
普段は、実家の僕の部屋で勉強を行っていたのですが、ここは多くの誘惑がありすぎるため勉強には不向きな場所です。テレビも設置してあれば、マンガも転がっている。隣の部屋で弟が必死にテレビゲームをしている。全てが僕の勉強を邪魔するために配置されたかと思うほどに勉強に集中できない要素が数多くありました。
本気で勉強するためだ、この部屋を捨てよう
確かに魅力的な部屋ではあるのですが、こんな場所で勉強していたらいつのまにかテレビを見ていたりマンガを読んでいたりオナニーをしていたりと勉強どころではなくなり留年必須。それだけは避けなければいけないと部屋を捨てることを決意するのです。
当時、仕事が順調だった親父は、我が家の近所に小さいながらも土地を購入して事務所を構えていました。我が家から数百メートル離れた場所にある事務所。しかも、そこには、6畳ほどの仮眠を取るような小さな畳部屋がありました。
よし、この家から隔絶された事務所で勉強をしよう。ちょっとした山篭りのような感覚で事務所へと乗り込んだ僕は、そこで世間一般とは隔絶されて勉強を進めていくのです。
6畳一間の音もない世界。そこで集中しながら勉強をし、徹夜で朝を迎える。学校に行き2教科ほどのテストを受けて、隔離部屋に戻ってしばし眠る。そしてまた徹夜と。そんな地獄のようなサイクルのテスト期間が1週間続きました。
ある日、学校でのテストを終えてまたもや隔離部屋で眠っていると、少し様子が変でした。眠っているのに目が覚めているような感覚。眠っているのに覚醒しているような感覚が襲ったのです。
あれ・・?いまぼく、起きてる?眠ってる?
と布団に入りながら考えていました。その瞬間でした
ザワザワザワザワ
布団に入り、頭を向けていた側には開き戸があり、そこが隔離部屋への出入り口になっていたのですが、そこから異常のまでの雑踏の音がするのです。何百人もの人間が一斉に歩いているよな音が、戸を一枚隔て向こうから聞こえてくるのです。
もちろん、その戸の向こうは普通に事務所になっており、しかも昼間だったので誰もいるはずはありませんでした。本当に、薄皮一枚隔てた向こうに新宿辺りのスクランブル交差点があるような雰囲気でした。
あれ・・・?なんなの?このうるさい音は?
などと、またもや眠っているのか起きているのか分からないような状態で考えていると
ヒュッ
と、その雑踏の中から何かが部屋に飛び込んできたような感覚がしました。良く分からないのですが、なんとなく戸をすり抜けて一人の人間が入ってきたような感覚でした。それと同時に戸の向こうの雑踏音は止まったのですが、こんどは入ってきた何かが部屋の中を歩き回っている気配がしました。
その時は、連日連夜テスト勉強をしていたということもあってか、部屋の中にはノートのコピーやらプリントやらが散乱していたのですが、そのプリントを踏みしめる「何か」の音がするのです。
ミシ、ペリ
とあちこちのプリントたちがしっかりと踏みしめられる音が。
うわ・・・なんだか分かんないけどヤバイ。とにかく怖い。逃げねば、逃げねば。と思うのですが体が動きません。恐怖で体が動かないのか、これが金縛りというものなのか分かりませんが、とにかく動かないのです。
ミシ、、、ミシ、、、ミシ、、、
そうこうしているうちにも、プリントを踏みながら部屋の中を歩き回る何かは、部屋の中央で寝ている僕の布団へと近づいてきます。まる螺旋のステップでも踏むかのように部屋の中を周りながら徐々に、徐々に。
死ぬほど怖い・・・むしろこの「何か」が僕の布団までやってきたら殺されるんじゃないか。やばい、やばい、念仏でも唱えて退散せねば。などと思うのですが、恐怖で焦ってるせいか念仏が出てきません。仕方ないので心の中で「お化けなんてないさ♪お化けなんて嘘さ♪」と歌ってみたのですが、それでも「何か」は螺旋のステップをやめません。
と・・とにかく体を動かさねば・・・・逃げることもできない・・・・
と思い、全身全霊を込めて心の中で
「喝!」
と唱えて体を動かしたところ、あらびっくり、普通に動くではありませんか。なんというか、喝!と唱えた瞬間に布団から飛び起きたような感じになっていました。
それからは凄かったですよ。とにかく部屋の中を動き回っていた「何か」の姿なんか見たくはありません。不用意に部屋の中を見てしまって、白い着物を着た女性や旧日本軍の兵隊などがいた日には目も当てられません。
意識的に部屋の中を見ないようにし、隔離部屋から飛び出すと一目散で逃げ出しました。裸足で。寝ていたのでトランクス姿のまま。恐怖に震えながら。
ここは実家から数百メートル先にある離れのような場所です。とにかく実家に逃げなければ「何か」が追ってきそうだと判断し、一目散に実家に向かって走り出しました。
夕暮れ時の近所の街並みを、恐怖に震える形相で裸足、トランクス姿で走る男。近所の人などは
「やあね、おかしいとは思ってたけど○○さんとこの息子さん、ついに狂っちゃったみたいよ」
と噂したに違いありませが、そんなこと知ったこっちゃありません。とにかく怖いんです。逃げなきゃいけないんです。
息を荒げながら実家に到着すると、母親がお茶を飲みながら「あら?勉強は終わったの?」などと素っ頓狂なことを言っており、なんだか無性に腹が立ちました。
「おいおい、勉強は終わったの?じゃないよ。寝てたら幽霊みたいなの出てきたよ。なんじゃありゃ、ホラーハウスか」
などと母親を問い詰めましたところ
「あら、やっぱり出たのねえ」
とのこと。いや、おい!出たのねぇって何だよ。
で、母を問い詰めましたところ、あの場所はウチが事務所を立てる前は産婦人科だったようです。そういえば、近所だったので僕もおぼろげながら覚えていますが、壁の周囲を不気味なツタが覆う、いかにもな病院でした。随分昔から営業はやめており、廃墟と化していた病院だったのですが、あそこは出るとまことしやかに噂されていたような気がします。
「そんな場所に建てるなよ!マジで出たじゃねえか」
と母に言ったのですが
「ちゃんとお払いしたのにねえ」
とか呆けたことを言っておりました。
それ以来、あまりの恐怖に事務所に近づくのはやめた僕ですが、今では親父が毎日のようにそこで寝起きしています。親父曰く、「たまに変なのが出てくるけど、あまり気にしない、けっこう美人が出てくるで」とのこと。やっぱりこの人は狂ってると思います。
とまあ、これが僕の26年の年月の中で唯一経験したっぽい恐怖体験なわけです。できることなら二度とこんな怖い体験はしたくないと思っていたのですが、先日同様の恐怖体験が僕を襲いました。
一人暮らしのアパートでコタツに入ってウトウトと眠っていると、またあの日のように起きているのか眠っているのか分からない状態に陥りました。
・・・・あ、まただ・・・・
時空を超えて同様の感覚がまた僕を襲ったことに恐怖していると、また部屋の中で
ミシ ガササ
と何かが動く音。前の時とは違い、なにか蠢いているような音がしました。
ガササガササ
部屋の中に散乱しているコンビニの袋なんかを踏みしめるというか、いじっているというか、そういう音がするのです。
怖い怖すぎる。また部屋の中に「何か」が。怖すぎる。あの日の恐怖体験がまた僕の元に・・・・と・・・とにかく・・・体を動かして逃げなければ・・・・
と考えるのですが、あらビックリ、ちょいと奥さんと言わんばかりに普通に体が動くのです。拍子抜けするぐらいに普通に起き上がれた。
そいでもって部屋の中を見渡すと
チュチュー
と汚らしいネズミが走り回っておりました。幽霊よりも何よりも、部屋の中をネズミが走り回っていた事実に衝撃無限大。心臓が飛び出るほどビックリした。初めて生で見たけどネズミってすごく汚らしいのな。すごいゴキブリ以上のインパクトを与えてくれる、それほどに凄い。
よくさ「ドブネズミみたいになりたい」とか格好付けて歌っちゃうやつがいるけど、ネズミなんかになった日にゃたまらんよ。ありえないって。できればならないことをお勧めする、と歌ってるやつに忠告したくなるぐらい。
でまあ、ネズミ退治と称して日曜の午後を丸々ネズミと格闘しておりました。どうやって退治していいかわからなかったので「キンチョール」をネズミにかけていたのですが、あまり効かなかったみたいです。
部屋の中を幽霊が歩き回ってるのも怖いけど、ネズミが歩き回ってるというのも別の意味で怖いな、などと妙に納得しました。