山が動く日(NumerI日記より) | ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

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※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/

山が動いていた。

人間とはワガママな生き物だ。もし神という全知全能の存在がいて人類のことを見守っているとしたら、さぞかし腹立たしいと思うことだろう。人類ムカつく!ワガママすぎる!くらい思ってるかもしれない。それほどに人間はワガママだし、相反する考えを矛盾という入れ物に内包して生きている。

例えばこうだ。多くの人は毎日変わることない平凡な繰り返しに飽き飽きとするだろう。刺激を求め、変化を欲する。祭囃子に耳を傾け、突然訪れる恋に胸躍らされる、見たこともないような想像したこともないような華やかな世界に身を置く夢を見る、ハラハラドキドキの刺激を求める、そんな一面がかならずあるのだ。より新しいものを、新しいものを、現状よりも新しい何かに変化を求めて、まだ新しいものにまで変化を求める。それは決して逃げられない人間の性なのだ。

その反面、変わることない平凡な日常に安堵を覚えることもある。どうしようもない日常でありながらも、その安定と繰り替えしにどこか心が安らぐ気持ちを抱いている。毎日がジェットコースターじゃ身が持たない。ゆったりとしたメリーゴーランドのような日々こそが大切なんだ、古く変わらないものに何より安堵する。これもまた人間の持つ性だ。

刺激を求めつつ安定を求める、古きを懐かしみつつ新しさを求める。極端に言い換えてしまうとリアルとドリームの狭間で揺れ動いている。人類とは何ともワガママなものだと思わずにはいられない。

朝、職場へと向かう通勤経路、いつもの如くハンドルを握って車を走らせていた。もうウンザリするくらい繰り返される朝の風景。まるでビデオを再生したかのように同じ景色がフロントガラスを流れていく。その退屈なリピートにウンザリしながらもどこか安心している自分がいた。

これが毎日同じ風景だからいいのだ。下手に刺激があって、例えば巨石が落ちてくるとかだったらおちおち通勤していられない。畑にでも向かうのだろうか、毎日7時45分にこの交差点で見かける老人だって、いつもと同じ作業着姿で半分口が開いてるから安心するのだ。下手に刺激があってある日いきなり全裸で現れたりしたら、ついにボケたかと身悶えて通勤どころの騒ぎじゃない。変わることない日常だからこそ安心できるのだ。

けれども、やはりこの退屈さはいかんともしがたい。ワガママだとは分かっている、変わらない日常だからこそ安心であることもわかっている、それがどんなに罪深いことかも分かっている。それでも、何か刺激的な変化があってもいいんじゃなかろうか、そう考えながらハンドルを切ると、そこには何か得体の知れない違和感が待ち構えていた。

「あれ、なんかおかしいな」

確かに普段とは何かが違っていた。山道の一本道。その手前で年度末調整か何かだろう、まだ綺麗だった道路を無理矢理掘り返す工事が始まり、片側交互通行になっていた。けれでも、そんな変化とは違うような、何か途方もない違和感が悶々と心の中に取り付いていた。

何かがおかしいはずなのに考えても分からない。何かが絶対に違う。何かが明らかに変わっている。けれどもそれが何なのか分からない。何かとてつもないことが起こってるに違いない、そう考えてハラハラしていたら職場に到着してしまった。

次の日の朝。また同じように通勤して同じ景色を見る。いつも見かける老人も相変わらず健在だ。けれども、また工事現場を過ぎた辺りから異常な違和感に襲われる。どうも、高台の電柱のあたりに途方もない違和感を感じるのだ。

工事現場を過ぎて坂道を登りきったあたりは高台のようになっていて眺めが良い。1年位前のある日、この絶景ポイントに電柱が立てられた。絶景ポイントが台無しじゃんかと思いつつも毎日その横を通っていたのだけど、ある日、異様な便意に襲われたことがあった。

山道で周囲には何もなく、とてもじゃないが我慢できるレベルの便意じゃなかった。そこで僕は本当にどうしようもなく、周囲に人もいなかったし、その、ゴニョゴニョした。隠さず言うとノグソした。まだ真新しかった電柱に隠れるようにして、ホント、電柱の影に隠れてするのって大変だぜ、と思いながらゴニョゴニョした。

それからこの高台の電柱は僕の戦友となり、毎朝見る度に不甲斐なくゴニョゴニョした思い出が蘇っていたのだけど、どうもその電柱辺りから異様な違和感を感じずに入られない。何かがおかしい、何かが絶対に違う、そう考えながらも答えには至らなかった。

次の日、相変わらず通勤風景は同じで、いつもの老人もご健在、というかこの人はロボットなんじゃなかろうかと思うほどに同じすぎる、そしてまた問題の違和感ポイントに差しかかった時、ついに車を停車して電柱の横に立ってみた。

「やはり何かおかしい。何かが違いすぎる」

ユックリと電柱の周りを周りながら検証する。ノグソに関係あるのかとも思い、あの日のようにその体勢にスタンバイしてみた。そして、途方もない事実に気がついたのだ。

「山が動いてる」

明らかに山が動いていた。この高台の向こうに見える壮大な山、名前なんて知らないけどそこそこの高さはありそうな山が明らかに動いていた。確かに覚えている、この電柱の陰になるようノグソをした位置で向こうの山々を見ると、丁度正面に2つの山が見え、その先端近くに鉄塔が誇らしく建っていた。その光景がおっぱいみたいで、山がおっぱいに見えるとはね、俺もそろそろお迎えが近いかもな、ヘヘッとか感慨に浸りながらノグソしたもんだった。

それが今やどうだ、確かに高台の向こうには2つのオッパイ山脈が見える、鉄塔も興奮しきった乳首のように鎮座しておられる、それ自体に何も変化はない。けれどもその位置が明らかにおかしい。絶対にノグソポジションから正面にあったはずなのに、もう今や右前方40度くらいの位置に変わってるのだ。山が動いたとしか考えられない。

「まずい、とてつもない事態になったかもしれない」

僕は急いで車に乗り込み、まるで逃げるかのようにその場を離れた。別に安いシャブをやってるわけではない。理論的に考えても山が動くはずがないことも分かっている。地殻変動の類で動いたとしても、そんなの年に数ミリ数センチのオーダーだってのも理解している。けれどもあの山々は明らかに、それもとてつもない規模で動いているのだ。それは覆しようなのない事実だった。目を背けてはいけない僕達のリアルだった。

僕は驚きより何より恐怖を覚えた。山が動くということはそれだけの想像を絶する何かが起きてるということだ。とてつもないことが起こっているのだ。そして、ふと、ある有名な民話が頭をよぎったのだ。

ベルギー南部ワロン地域に居住するワロン民族の間には以下のような民話が伝わっている。時代は産業革命華やかりし頃、工業化が盛んに叫ばれるヨーロッパにおいてワロン地域も同様に多くの工場が立ち並び始めていた。これまで川と共に生きてきたワロン民族も、便利さをもたらす工業化に心奪われ、古くから自然と共にあった生活様式を捨て始めていた。

ムーズ川のほとりで一人の羊飼いが仕事をサボって昼寝をしていた。この羊飼いはある時、川の形状が変わっていることに気がつく。始めは些細な変化であったが、日ごとにその変化量は増大していた。

アマゾンなどでは大雨の影響で一夜にして川の場所が激変することもあるらしいが、ムーズ川のように穏やかな川では考えれないことだった。驚いた羊飼いは村の大人たちにそのことを伝えるが誰にも理解してもらえなかった。羊飼いだけが川の変化に気付いていたのだ。

そして、川は日に日に形を変え、意思を持った生命体のように、まるで村を飲まん勢いで姿を変えた。いつしか穏やかだった川が濁流に姿を変え、村の隣りまで及んでいた。恐怖に駆り立てられた羊飼いは避難するよう村中を大声で駆け回る。しかし、工業化に没頭し、そもそも川に興味がない村人は、ついに羊飼いが狂ったかと思い、羊飼いを縛り付けて閉じ込めてしまう。そして、その夜、大きな洪水が村を襲う。工場も村人も羊飼いも、全てが濁流に押し流されてしまい、後には何も残らなかったという話だ。

これはワロン民族の間で、川と共に生きてきた民族が川を軽視したために戒められた、として今でも語り継がれている。そして、自然の変化に目を配ることの大切さを次世代へと伝えているのだ。それ以降、ワロン民族は頑なに近代化を避けている。

これはもう、便利さを追求した上での環境汚染、それに伴う異常気象に通じる大変な問題提起だと思う。ホント、感心するばかり、僕らは地球環境や大自然にもっと目を向けるべきだ、ガソリンが25円下がるとかそんなことより大切な問題があるはずだ、そう思うのです。とにかくこの民話は感心するばかりだ、現代社会が抱える問題や病理をこんなにも的確に現した民話があるだろうか、と感嘆するばかりなんだけど全部嘘です。なんだよ、ワロン民族って。バカじゃないの。

とにかく、そんなウソ民話はどうでもいいとして、問題はあのオッパイ山脈だ。あれが動いてしまったのは紛れもない事実。もしかしたら日本沈没とか大地震とかそういったレベルの大異変の前兆かもしれない。どうしていいか分からず気が動転した僕は職場の喫煙室で後輩に相談した。

「なあ、今から言うことを驚かず聞いてくれ」

「なんすか!またパチンコで負けた話スか?」

「違うんだ。もっと真剣な話。本気の話。すごいことが起こってるかもしれない」

「なんすか!なんすか!」

後輩は目を爛々と輝かせていた。彼もまた、退屈な日常を重んじつつ、新しい刺激を求めている人類そのものなのだ。そこまで期待されると言っていいものか迷うのだけど、それでも意を決して相談してみた。

「実はな、毎朝通勤の時に見る山が動いてるんだよ。それもちょっとじゃない、信じられないくらい動いてるんだ」

それから切々と、どんなレベルで山が動いているのか、なぜそれに気付いたのか、迷ったけど包み隠さずノグソの話もした。もしかしたら日本列島の、いや地球の終わりの始まりかもしれないと話をした、ワロン民族のウソ民話の話もした。それを受けて後輩は一息ついてこう言った。

「patoさん、疲れてるんスよ。一緒に大きい病院行きましょう。大丈夫、俺、そういうのに偏見とかないっスから」

すごい勘違いされてる!なんかすごい上から目線で憐れみを持たれてる!

「いやいやいや、本当に本当だって。どう理論的、物理的に考えても山が動いてるんだって!」

「別にそんなのどうでもいいっすよ!」

信じてもらえない僕は羊飼いだった。

「いや、ホントにホント、さっきのワロン民族の民話はウソだけど山が動いたのはホントなんだって」

「どっちでもいいっすよ」

「マジだって。よーし、そこまでいうなら今度の休み検証しに行こう。山が動いた痕跡とかあるかもしれないし」

「えー、やですよ。面倒くさい」

こうして、山が動いたという事実に驚愕する僕と、興味津々、もう抑えられないといった知的好奇心溢れるミステリーハンター後輩は、動いたオッパイ山脈の謎を検証すべく立ち上がったのだった。

休日の朝、問題のオッパイ山脈が見える高台で待ち合わせた二人は、もう辛抱たまらないといった按配で検証を始めた。

「前はこの電柱から正面にオッパイが見えていたんだ。それが今は、こっち、角度にして40度は動いてる。どうだ、驚いただろう」

「そんなことより眠いっすよ。休日なのに早起きなんて……」

半信半疑だった後輩も壮大なる謎を目の前にして興奮気味だ。若いってのは良いことだ。それだけでこちらも元気になってくる。とにかく、この高台で話していても埒があかないので実際に山のふもとまで行って検証することにした。

「いやー、でも山が動くとか本当にワクワクしてくるよな。日常っていう安堵感に包まれながらこういう刺激を受けることが大切なんだよ」

「そうっすか?俺は日常でいいっすよ」

「日常を望むってのは古いものを大切にする心、でも新しいものも欲しいだろ?そして、新しいものを持っていてもさらに新しいものも欲しくなる。それが刺激なんだよ。人間とはつくづく業が深い。カルマの塊だ」

「はあ」

僕のありがたい話に後輩も涙、といったところでしょうか。とにかく、山道をワイルドに運転しながらオッパイ山の麓を目指します。

「それにしてもなぜ山が動いたのだろうか、火山活動の前兆?それにしてもダイナミックすぎる。どう思う?」

「それより、なんでウォーズマンってマスク取るとカニの中身みたいなんっすかね」

知るか、バカ。

微妙に噛みあわない会話をしつつも、ついに車でいける限界ポイントに到達、なんかショボいキャンプ地みたいになってた。都会派の人ってあまりピンとこないかもしれませんけど、有名な山、地域を代表するような山ってちゃんと登山道みたいなのが整備されていたりするじゃないですか。ちゃんと山まで続く道路もあって人とかも住んでいたりね、でも、正式名称も知らないような雑魚レベルの山々って道路が繋がってないとか普通にあるんですよ。

もちろん、オッパイ山脈も道路が繋がってなくて、どうやって乳首にあたる鉄塔を建てたのか謎なんですけど、とにかく山まで行く手段がないっぽいんですよね。で、仕方なくここからは歩くことに。

「なんで歩いてまで行くんですかー、帰りましょうよー」

「山が動いた痕跡とかあるかもしれないだろ」

「ないですよー、それより週明けに大きい病院いきましょうって、一緒に行きますから」

草木をかき分け、とんでもない段差の岩とか登りながらついにオッパイ山の麓に到達。

「よし!ついに到達したぞ!早く山が動いた痕跡を探すんだ!」

と振り返ると後輩の姿が見えない。あの野郎逃げやがったか、とか思うのだけどどこからともなくか細い声が聞こえる。

「たすけてくださいー」

見ると、後輩はなんか前は川だったみたいな溝に思いっきり落ちていた。深さ2メートルくらいあったかもしれない。足を踏み外して落ちていた。横幅は狭いわりに深さのある不自然な溝だった。とてもじゃないが自力では登れないような禍々しき溝に愛すべき後輩が今まさに飲み込まれようとしていた。

「くっ、これが謎に近づいた我々に対する山の神々の仕打ちか。なるほど、どうやら我々は知りすぎてしまったようだな。しかし、それだけ真実に近付いているということだ」

「そういうのはいいんで早く引き上げてください。殺しますよ」

のれない後輩なんて助けたくなかったのだけど、さすがに人道的にまずいのでなんとかして引き上げようと思案します。

「まってろ!今助けてやる!」

と言ったはいいものの、なんか引き上げる道具とかないし、かといって自分が溝の中に助けに行ったら昇れなくなって携帯も繋がらなくて2人ともお陀仏だし、で困ってしまいましてね、しょうがないから

「まて!この溝はもしかしたら山が動いた痕跡じゃないか?だっておかしいだろ、こんな溝があるなんて。きっと山が動いた時にできた歪がこうして溝になって表れたんだよ!そうに違いない!」

と誤魔化してたら、なんか後輩が黙っちゃっててシャレにならない雰囲気がムンムンしてきたので本気でなんとかしようと画策します。

「ロープとかないと難しいかもしれない」

「ああ、それなら僕の車の中に仕事で使うロープありますから、取ってきてください」

ええー、車まで戻るの、それでもう一度ここに?ないわー、ジョークきついわーって思ったのだけど、さすがにそれってまずいじゃないですか。仕方ないので後輩を置いて嫌々車まで戻ることに。

で、またもや過酷な草木ロードを超えてなんとか車まで戻ったのですが、なんていうんでしょうか、後輩の車の中にロープなんてないんですよね。なんか後部座席にYesNo枕みたいなカワイイクッションが置いてありましたけど、「助けに来たぞー」ってこのファニーなクッション持っていったら死ぬほど怒られると思います。

しょうがないので車を運転して高台ポイントまで戻り、そこからさらに街まで車を走らせることに。高台ポイントのところに工事現場があってロープくらいありそうだったけど、さすがにそういうのって盗人というかシーフじゃないですか。だからちゃんと街まで戻ってホームセンターでロープ買いましたよ。ついでに腹が空いてたのでCoCo壱番屋でチーズカレー400g辛さ普通を食って戻った。

「すまんすまん、ロープがなくて街まで戻ってた!今助けるぞ!」

「逃げたかと思いましたよ」

その冷徹なセリフが逆に新鮮だったね。普段の朗らかな後輩からは想像できない新しい変化、これこそが俺たちのリアルだった。

早速、近くにあった木にロープを結びつけて溝の中に渡します。後輩もそのロープを手がかりに全体重をかけて溝を登ろうとします。

メキメキメキメキ

細っそい木でしてね、なんか笑っちゃうくらい豪快に木が折れちゃいましてね、なんか後輩も溝の中でスッテコロリン。

「見ろ!植物がこんなにも弱っている、これはきっと山が動いた影響に……」

「いい加減にしてください」

すごい冷淡な、こんなのってあるのって感じで冷たく言われて、すごい怖かったので太い木にロープを結んで後輩を助け出したのでした。

「さあ、まだ日は高い、急いで山が動いた痕跡を探そう」

「帰りますよ」

「この謎を解明するんだ!」

「帰りますよ」

「はい」

有無を言わさぬ迫力ってこういうのを言うんですね。ホント、新しいわー。普段の日常生活を営んでいたらこんな後輩絶対に見れない。

「patoさん、なんかカレーの匂いしますけど、まさかロープ買いにいった時に食ってませんよね」

「食ってないよ」

まさか400グラムも食べたとか口が裂けてもいえなかった。結局、集合した高台に戻り、そこで後輩とはお別れ。

「もうpatoさんとは二度と遊びません」

と、照れ隠しなのか、余程楽しかったのか、自分の想いとは裏腹なことを言ってました。こう言ってますけど、やはり彼だって今日のような非日常の大冒険は楽しかったはずなのです。

僕らの日常は、安堵を覚える変化のない繰り返しです。けれども、実際には新しい刺激に溢れている。実は変化に溢れている。そうやって溢れていてもさらに新しい刺激を求め生き続ける、そんな業の深いところが人間の魅力なんじゃないでしょうか。ちょっと目を凝らせば至る所に新しい何かは落ちている。そうやって日々を生き抜くべきなのだ。

「それにしてもなんで山が動いたかなあ」

また一人になってノグソポイントでオッパイ山脈を眺める。電柱を見上げ、そこにあったプレートを見て自然と笑みがこぼれたのでした。なるほど、だから山が動いたか、新しいものなのにさらに新しいものが欲しいとは、つくづく人間は業が深い、その真実に新しい刺激を覚えながら家路につくのだった。