Macrowavecat現像室 -1068ページ目

トウカムリとピンクガイ

今回のネタは大型の巻貝二種。


ウィリアム・ダイス画 「ベグウェル・ベイ、ケント州-1858年10月5日の思い出」

("Pegwell Bay, Kent - a Recollection of October 5th 1858" by William Dyce)

この絵は、いま東京で開催されているラファエル前派展で展示されている。
作者のウィリアム・ダイスはラファエル前派のメンバーよりも年長の画家だが、この絵にはラファエル前派の風景画の影響が端的に表れている。ラファエル前派は、自然を描く際に、当時学問として成立しつつあった自然科学の影響を受けて、野外での緻密な観察に基づく正確な描写を目指した。
また、この絵にはこの時代(ヴィクトリア朝)の博物学・自然誌ブームの様子が描かれていて興味深い。

タイトルの「1858年10月5日」にはちゃんとした意味があり、中央の上空に見えるのは、ドナティ彗星 (C/1858 L1)である。



また、手前の女性が拾い集めているのは貝殻である。


近くには、巻貝や二枚貝の他にウニの殻やエイの卵嚢のようなものが描かれている。
当時の有産階級の家庭の居間には、鉱物や貝殻、昆虫、植物標本等のコレクションが大量に飾られていたそうだ。この絵のような海岸での標本採集は、今で言えばまさしくビーチコーミングだ。


残念ながら北海道の貝は(おそらくイギリスでも)地味なものばかりだが、熱帯・亜熱帯には面白い形をした貝が多い。

その一、トウカムリ(Cassis cornuta)。ヤツシロガイ超科トウカムリ科。
千年貝という別名もある。英語名はHelmet shell。



螺塔が低く、殻頂周辺はほぼ平坦。体層では大きな突起状の結節が発達する。



尻尾のようなものは水管溝らしい。実はこちら側を前にして動く。



殻口の外周は厚い板状に発達し、台のようになっている。


この変な形をした大型巻貝は、インド洋や西太平洋、日本でも南の温かい海で見られるそうだ。

じつは、インターメディアテクで購入した絵葉書 の巻貝の正体がこのトウカムリだ。
トウカムリはサンゴ礁を荒らすオニヒトデの天敵であることから益貝と見なされるが、ウニも好物でよく食べる。腹側の長い棘で海底を走ったり砂に潜り込むヒラタブンブクの進化が、捕食者トウカムリから逃れるための生存戦略であったという話は面白い。

また、これを入手した後に知ったのだが、かの澁澤龍彦邸の居間にもトウカムリがあるようだ。比較的若い頃に撮影された写真には、浴衣を着て寛いでいる澁澤と一緒にトウカムリらしき貝殻が写っている。この貝の不定形っぽい形は必ずしも澁澤好みではないためか、あまり紹介されていないが、今は加山又造の版画「鍬がた」の原版が掛かった壁の下辺りに飾ってあるようだ。なお、金子國義のキャビネットを撮した写真にもトウカムリが二個見える。澁澤邸のトウカムリは金子國義経由だった可能性も考えられる。



その二、ピンクガイ(Lobatus gigas)。ソデボラ超科ソデボラ科。
コンク貝という別名もある。英語名はQueen conch。











ピンクガイは、カリブ海全域や東南アジア海域で産出する。食用で乱獲されて数が減少したため、ワシントン条約の規制対象になっている(付属書ⅡにStrombus gigasの名で掲載されている)。現在、採集が禁じられている地域もあるらしい。

殻口にある美しいピンクの部分は、ヴィクトリア朝の頃からアクセサリー材料として使われてきた。また、ピンクガイを母貝とする天然真珠はコンクパール(またはピンクパール)と呼ばれて珍重される。

以下は、ピンクガイが描かれているアメリカ印象派の画家フランク・ウェストン・ベンソンの絵画二点(いずれも1902年)。


("Child with a Seashell" by Frank Weston Benson)



("Eleanor Holding a Shell" by Frank Weston Benson)



ちなみに、バハマではピンクガイを使ったコンクサラダやコンクフリッターが名物料理とのこと。食感はイカに似ているそうだ。