『白い肌の異常な夜』(原題:The Beguiled)は1971年公開のアメリカ映画で、監督はドン・シーゲル、主演はクリント・イーストウッドです。
物語の舞台は南北戦争末期、南部の森の中で深い傷を負い倒れていた北軍伍長ジョン・マクバニー(イーストウッド)が女学院の女生徒・教師らに発見され、男子禁制の学園へと運び込まれるところから始まります。
院長マーサ(ジェラルディン・ペイジ)や教師エドウィーナ(エリザベス・ハートマン)、そして思春期の女生徒たちが暮らす隔絶された女の園で、ジョンは手厚く看病されながら次第に回復します。
しかし、男の存在はたちまち女性たちの心に波紋を呼び起こし、恋心や嫉妬、所有欲、疑念といった複雑な感情が渦巻き始めます。
やがてジョン自身も、この環境を巧みに利用し、女性たちを誘惑し始めるのですが、女生徒や教師たちの間で彼を巡る愛憎劇が次第に“異常な夜”へと発展していきます。
クライマックスでは、ジョンの情事や横暴な振る舞いが次々に明るみに出て、女たちの恐れや憎悪を買い、ついには足の切断や毒キノコによる衝撃的な結末へと至ります。
作品は「男なら女子高に入れたら…」という甘い妄想の裏側に潜む地獄を描き、セピアカラーの映像や森の不穏な雰囲気、不安定な心理描写で、単なるスリラーを超えた濃厚な心理劇となっています。
感想
一見、男子禁制の女子学院に投げ込まれた兵士という設定は、男性の理想的な“ハーレム願望”を叶えるように思えますが、物語が進むにつれてその甘美な幻想が徐々に崩れていく様子がとても強烈です。
最初は傷を負ったジョンを女性たちが献身的に看護し、「ここは男にとって天国じゃないか?」と思いたくなるのですが、逆にこの閉ざされた空間が恐ろしい“地獄”へと豹変していく展開にはゾクリとさせられました。
学院の女性たちは男を知らない者、久しく男女関係がなかった者など様々ですが、ジョンが現れたことで一人ひとりの内面に眠っていた欲望や嫉妬、優越感や孤独感が次第に表に出てきます。
その心情の変化が細かく、それぞれのキャラクターに共感したり反発したりしながら見てしまいます。
イーストウッド演じるジョンも決して純粋な被害者ではなく、状況を利用して調子に乗ったり、女性たちを手玉に取ろうとしますが、その行動が結果的に自分自身を追い詰めてしまうのが皮肉です。
彼の運命が暗転する中盤以降は、切断や毒殺といったショッキングな展開もありますが、直接的な描写を抑えた演出や心理的な圧迫感で、妙に生々しく怖さが残ります。
全体的には、サスペンスでもあり、心理劇でもあり、時にホラーのようなムードも漂わせる非常にユニークな作品だと感じました。
戦争の時代背景も影を落とし、登場人物の孤独や抑圧された感情、理性と本能の揺れが生々しく描かれており、ただのスリラーに収まらない深い味わいを持った映画です。
淡い期待や淡泊な善意がことごとく裏目に出て、最後には重たい後味が残る。観終わった後、ちょっとした背筋の寒さと、誰しも心の奥に抱える欲望や恐れについて考えさせられる…そんな不思議な余韻の残る一作でした。