映画『ザ・インターネット』は1995年公開のアメリカ映画で、インターネット黎明期の不安と危機感を真正面から描いたサスペンス・スリラーです。


本作の主人公は、ロサンゼルスに住むアンジェラ・ベネット(サンドラ・ブロック)。彼女は会社に所属しないフリーのコンピューター・アナリストで、在宅勤務を基本とし、主にソフトウェアのバグ修正やデバッグ作業を請け負っています。


独身で人付き合いを避けるアンジェラが頼りにしているのは同じようにネットでつながる仲間たち。家族といえばアルツハイマーを患う母親だけですが、その母も娘のことを忘れてしまっているという孤独な状況です。


物語はアンジェラが仕事仲間から奇妙なフロッピーディスクを受け取ることから動き出します。

その中身は一見、ただの音楽ライブ案内のプログラムですが、画面の右下に現れる小さな「パイ(π)」のマークをクリックすると、通常ではアクセスできない病院・電力会社・政府の内部データに接続できてしまうという危険なものでした。


アンジェラが友人とこの件について会う約束をしますが、友人は謎の飛行機事故で急死。「フロッピーの内容を隠したい何者か」が暗躍していることを彼女は直感します。休暇先で出会った男性ジャックの正体も、サイバーテロ集団「プレトリアン」の一員。


アンジェラの身に次々と危険が降りかかり、ついには個人情報が“なりすまし”によってすり替えられ、全く別人ルース・マークスへと書き換えられてしまいます。


住んでいた家は売られ、クレジットカードも停止され、警察からは前科者として扱われ、社会的に完全に孤立無援となりながら、アンジェラは自身を取り戻すためネット世界、そして現実世界で危険な戦いに挑んでいくのでした。


『ザ・インターネット』の公開は、家庭にWindowsが浸透し始めて間もない時期です。インターネットの利便性にワクワクする一方、個人情報流出やなりすまし、ハッキングへの恐怖は現代にも通じる普遍的なテーマ。映画が描く「ネット上の脅威」は、まだ日本でも本格的な情報社会になる前だからこそ、予言的なリアリティと新鮮な衝撃を持っています。


映画内ではウルフェンシュタイン3Dなど当時流行のゲームも登場。ネットチャットやオンライントラブルの細かな描写は、今見ると懐かしさも感じつつ、ITに疎遠な世代にもどこか身近な危機感を呼び起こします。



感想

『ザ・インターネット』の面白さは、現実を侵食していく情報操作の恐怖と、主人公アンジェラの孤独な戦いにあります。


いま当たり前となった「個人データ」「なりすまし」「デジタルアイデンティティ崩壊」の恐ろしさを、約30年前の映画がほぼ予言的に描写しているのが驚きです。


アンジェラは極めて現代的な主人公です。ITスキルは高いものの、ネットに頼り切った生活ゆえ、リアルな人間関係や社会的な繋がりは薄い。そんな彼女が全てを奪われ、疑似的に「消される」展開は、現代で言うところの不意にアカウント停止されたり、個人情報が奪われる“デジタル社会のホラー”そのもの。


映画公開から約30年経ち、SNSやクラウドが主流となった今こそ、作品の持つリアリティは一層鋭いものとなっています。


物語のテンポも良く、シナリオは至ってシンプル。サスペンスとして見やすい反面、情報戦が激化する後半の展開はやや強引な部分もありましたが、全体を通して「個人の尊厳」がいかに脆弱かを思い知る内容です。


ネット上の脅威を単なるホラーではなく、社会的な孤立と戦う個人の物語として扱っているところが特に評価したい点です。


アンジェラの孤独、不安、疑心暗鬼、そして少数の信頼できる人々との交流――今のSNSやネット世界にも通じる“繋がりの危険と恩恵”が巧みに盛り込まれていると感じました。


ラストに至るまで、次々と現れる陰謀の尻尾と、失われた「本来の人生」を取り戻す必死さが画面越しに伝わり、サスペンスとしてだけでなく、現代社会への“警告”として強いメッセージが残ります。