ネタバレあり
映画『痩せゆく男』(原題:Thinner)は、スティーヴン・キングがリチャード・バックマン名義で発表したホラー小説『痩せゆく男』を原作にした1996年のアメリカ作品です。
物語は、肥満に悩む敏腕弁護士ビリー・ハレックが主人公。ある夜、酔った勢いで車を運転し、ジプシーの老女を轢き殺してしまいます。ビリーは身の保全のために顔馴染みの判事や警察署長を頼って事件をもみ消すのですが、事故の現場に現れた老女の父レムキによって「痩せてゆく」という呪いをかけられてしまうのです。
呪いをかけられてから、ビリーの体重は食べても食べても増えるどころか、日ごとに激減していきます。最初はダイエットがうまくいったと笑っていたものの、まもなくその減少は常軌を逸したものとなり、どれだけ大食いしても目に見えて痩せていき、怪異さと恐怖は日に日に増していきます。
同じく事件を隠蔽するのに関わった判事や署長も、それぞれ異様な呪いに苛まれ精神的にも肉体的にも破綻し、やがて自ら命を絶ってゆきます。
事態がただごとではないと悟ったビリーは、ジプシーたちの元を何度も訪ねて呪いの解除を懇願しますが、レムキは冷たく突き放します。
その中でビリーは、以前恩義のあったマフィアのジネリに助けを乞い、暴力をもってジプシーたちを脅迫し事態は一気に泥沼化。中盤から後半は、呪いの解除を巡る人間のエゴや憎しみ、赦しのなさが渦巻き、物語はどんどん救いのない方向に転がっていきます。
呪いから逃れる唯一の方法は、血を流し“呪いを込めたパイ”を作り、そのパイを他の誰かに食べさせて呪いを「移す」こと。
ビリーは、浮気を疑った妻への復讐心もあってそのパイを妻に食べさせます。しかし、翌朝パイを食べてしまったのは妻だけでなく大切な娘だったと知ってしまい、絶望に叩き落されるという哀しい結末に至ります。
感想
正直、観ていてかなり意地の悪い物語だなあと感じました。主人公のビリーは、自業自得とはいえ心のどこかで「うまくいくだろう」と思っていた弱さと傲慢さが呪いによって徹底的に暴かれていくわけですが、特に食べても痩せ続け生命力が減っていく描写は不健康の極み。
普段なにげなく「ダイエットしたい」なんて言ってみたりしますが、この映画を観れば「やっぱり普通が一番だな」と妙に現実感をもって考えてしまいます。
また、登場人物のほとんどがどこかしら自分本位で、救いようがないキャラクター揃いだったのも印象的です。主人公はもちろん、妻やマフィアの友人、ジプシーたちも悪人なのか被害者なのか一概に決められません。
呪いをかける側も、正義というよりは“倍返し”の復讐のロジックが全面に出ていて陰惨な空気が漂います。唯一心から純粋だったのは娘なのに、この娘すらも脅威の流れに巻き込まれてしまうのは本当にやるせません。
最終的にビリーが妻や友人など“誰か”に呪いをなすりつける選択肢しか与えられない時点で、最初の小さな嘘やごまかしが回り回って人生を根こそぎ破壊してしまうという、ホラーでありながら非常に皮肉的な人間劇だと感じました。
ラストにかけてのバッドエンド感はやるせなく、一抹の救いもなく終わるので、観終わったあとは重苦しい余韻が残ります。
スティーヴン・キングらしい”呪い”の解釈が存分に活かされた、おどろおどろしい因果応報ホラー。実際これを観てしまうと、もう「痩せる」ってそんなに簡単で魅力的なことじゃないなって思わされました。ホラーファンなら一度は触れておく価値ある作品ですが、食事中の鑑賞はオススメしません。

