吉村達也の『文通』は、角川ホラー文庫から刊行された隠れた名作です。


1990年代を象徴する「文通」文化を題材に、日常と隣り合わせの恐怖を描いています。


舞台となるのは、地方都市に住む普通の女子高生。


彼女は、雑誌の文通欄を通じて見知らぬ相手と手紙をやり取りし始めます。


最初は明るい趣味や日々の出来事を語り合うだけの、素朴な友情の芽生え。


しかし、文通相手の文章には次第に奇妙な違和感が浮かび上がってきます。いったい彼は何者なのか?手紙の内容が徐々に不穏さを増し、主人公の日常はじわじわと侵食されていきます。


吉村達也の筆致は、読者の恐怖心を煽るのが非常に巧妙です。過度なグロ描写や怪奇現象ではなく、手紙の微妙な言い回し、返信の遅れ、相手が知るはずのない個人情報、といった細やかな「不安」の積み重ねで物語が進みます。


「この人は本当にただの学生なのか?」という疑念がページを追うごとに膨らみ、やがて不可解な事件へと発展していく。人付き合いのささいなきっかけが、心の闇を暴き、現実を軋ませていく展開は、まさに吉村ホラーの真骨頂です。


本作は、90年代独特のアナログな人間関係と、その閉ざされた空間に潜む危うさを描いた点が特徴です。携帯やSNSが普及する以前、直接顔を合わせないまま個人情報がやり取りされるもどかしさと、そこにひそむ「見知らぬ誰か」への恐怖が、時代を超えて読者に訴えかけてきます。


感想

読み終えたあと、心がじわじわと冷たくなるような余韻が残りました。


『文通』は、派手さはないけれど、不安がじわじわと広がるタイプのホラーです。たとえば、ポストに手紙が届くたびに「またあの人からかも」と思ってしまうような、日常の風景が少しずつ侵食されていく感覚。


自分が当事者であれば、きっと手紙を読むたびに目の前が薄暗くなるような恐ろしさだったことでしょう。


今のSNS世代だと、見知らぬ人とやり取りする怖さは少しピンとこないかもしれない。でも、「ネット越しの相手が本当に安全なのか」って不安は、文通と同じですよね。じっくりと手紙を読み、返事を書いて「距離」を縮めていくその過程で、予想もしていなかった不穏な気配に気づく。


手紙だからこその「個の対話」が、かえって恐怖を呼び込むわけです。


吉村作品特有の「日常と地続きのゾクッとする怖さ」が、一冊で見事に構築されています。誰かと文通した経験がある人なら、なおさらリアルに感じるでしょう。「やり取りの中でだんだん実態が見えなくなっていく怖さ」、それがこの作品の核だと思います。


犯人や真相に関しては、作者らしい意外な展開と心理描写を伴っています。


ただし、あくまで「怪異」や「超常現象」ではなく、人間そのものが怖い、そんな結末です。だからこそ、読後に残る嫌な空気感が、この作品の価値と言ってもよさそうです。


今読み返してみても、紙の手紙というアナログな手段が、情報社会にはない「怖さ」と「孤独」を浮き彫りにしています。


ちょっとレトロ、でも根底にある恐怖は今も変わらない。そう感じられる一冊でした。