『惨劇館』は、ホラー漫画界の鬼才・御茶漬海苔による短編集です。
「月刊ハロウィン」連載時から多くの読者に強烈なインパクトを与え、1980〜90年代ホラーマンガブームの牽引役ともいえる作品群です。
本作は1話読み切りの短編が基本構成で、人間の本能的な恐怖や、身近な日常に潜む“惨劇”を題材とした秀逸なエピソードが詰まっています。
代表作の一つ「テレフォン」では、夫婦のもとに執拗にかかってくる電話から始まるストーカーの恐怖が、リアルでえぐい後味と共に描かれています。
他にも「人蜘蛛」「めぐみちゃん」「エレベーター」「あなたと一緒に」「ケビンの惨劇」など、残酷さ・恐怖・狂気が絶妙に織り交ぜられた作品が目白押しです。
その後もシリーズは続き、”ケビン伯爵”を軸とした怪奇譚や、偏執的な愛情ゆえに母親を生かすため四肢を切断するショッキングな話まで、バリエーションに富んだ惨劇を次々に読者へ投げつけます。
どの話も“これが現実にあったら”と想像させる生々しさ、そして背筋がゾクリとする演出が特徴です。
絵柄は一見するとレトロ寄りなかわいらしさなのですが、そのギャップがまた怪奇と不条理を増幅させており、“恐怖は日常の隣にある”という作家の主張がビシビシ伝わってきます。
感想
「御茶漬海苔ワールド」は唯一無二です。
少女漫画的な線の繊細さが逆に怖さを引き立てていて、じわじわと忍び寄るような不気味さにゾワゾワさせられます。
初見の人は、その古めかしい絵柄に油断するかもしれません。でも最初の数ページだけです。
すぐに世界に引きずり込まれて、あとは「怖い」と「気持ち悪い」がごちゃ混ぜになった感覚が襲ってきます。
たとえば「テレフォン」は排他的でありながらも、現代にも通じるようなストーカー被害、そして異常な情念を“日常”の延長に描いていて、この「もしかすると自分にも…」と考える余地がゾッとさせます。
ストーリー展開は短いのに、ただグロいだけやオカルトで終わらない、しっかりと“読後感の悪さ”を植え付けてきます。それが妙にクセになるから不思議です。
また「ケビンの惨劇」などのケビン伯爵シリーズでは、超常と現実の境界が曖昧になり、不条理ホラーとしての面白さが際立ちます。顔のない恐怖や、正体不明な存在の“理不尽さ”が、少年少女の無垢な日常を突然破壊していく。読んでいるうちに、現実と夢の境界までも薄まってくるような、不安感、浮遊感があります。
全体を通して、ご都合主義な救いや倫理的な落としどころは一切ありません。
むしろ「なぜこうなった…」という救いのなさ、割り切れなさが付きまといます。その読後感が、「怖いもの好き」にはたまらないはずです。
読者の想像力を信じ、説明し過ぎず、余韻を残すラストが多いのも特徴です。
グロテスクな描写や人間の狂気を躊躇なく突きつける作風なので、人によっては本当にトラウマになるかもしれないようなシーンも多いです。
しかし、その分だけ「怖さって理屈じゃないし、綺麗に理由付けされたら怖くないんだな」と感じます。だからこそ、ホラー好きには必ず読んでほしい名作です。