『悪魔のはらわた』(原題:Flesh For Frankenstein)は、1973年にイタリア・フランス合作で製作されたホラー映画です。
監督はポール・モリセイ、監修はアート界の鬼才アンディ・ウォーホルが務めています。
主演はウド・キアやジョー・ダレッサンドロ、モニーク・ヴァン・ヴーレンなど。
物語は、内臓に異常な愛着を持つフランケンシュタイン博士が、完璧な新人類の創造を目指して男女の人造人間を組み立てていく過程を描きます。
博士は「最高のカップル」から理想的な子孫を残すことを企み、より理想的な男性の脳や女性の肉体を探し求めて人体を切り刻むという、非常にグロテスクかつ倒錯的なプロットが特徴です。
ジャンルとしてはホラーに分類されますが、単なる恐怖やショック描写を目的とせず、社会風刺やブラックユーモア、ナンセンスな要素も色濃く漂います。劇場公開は1974年8月3日、日本でもカルト的な人気を博しました。
また、アメリカなどでは3D映画としても上映された経歴があります。
当時の映画評論家・淀川長治が「人間がどれだけショックを目に訴えて表現できるかそれをこの監督はためした」と語るほど、暴力描写や性的表現、臓器への異常な執着を通して、人間の根源的な欲望や狂気を過剰なまでに映像化しています。
感想
「悪魔のはらわた」、最初に観たときの感想を一言で言えば「なんてバカバカしいのに、やけに芸術的で記憶に残る映画だ!」って感じ。
冒頭から、ウド・キア演じるフランケンシュタイン博士が臓器をいじくりながらウンチクたれる描写からして、不穏さとシュールさがごちゃ混ぜ。
博士の目的も「愛する内臓を持った理想の男女を作るぞ!ついでに子孫も!」っていうんだから、その発想がとにかくイカれています![]()
とにかく画面のインパクトがすごい。血糊ドバドバ、みんな裸だわ、内臓だわ、まさに“エログロナンセンス”の極地。
怖いっていうより、「ここまでやるか!?」って感じ。
グロ描写も、リアルな痛さってよりは舞台劇の一シーンを見てるみたいな非現実感があって、不思議と気持ち悪さよりも「くだらなさ」に唸ってしまう。
それでいて演出や美術が妙に凝ってて、色彩が濃厚、セットもちょい豪華で、「これコミカルなのかシリアスなのかどっち?」と問いかけたくなる。
普通、ここまで内臓が画面を占領する映画って、完全にB級グロ映画になりがちだけど、アンディ・ウォーホルが関わってるおかげか、どこか小洒落た雰囲気やポップなアート性も感じさせます。
キャラクターがまたパンチ効いてる。ウド・キアの博士は狂気満点、もう目線といい喋り方といい「この人絶対まともじゃない」オーラ全開。
博士の妻であり妹、しかもこれまた男漁りに余念がない奥さん役(モニーク・ヴァン・ヴーレン)のインパクトも凄い。
唯一まともそうなのがジョー・ダレッサンドロ演じる農夫なんだけど、彼ですら結構イカれてる空気が漂ってる始末。誰一人まともな人がいない!
物語は進むにつれてどんどん奇天烈さが加速、博士の野望もエスカレートしていくんだけど、ストーリーの筋自体はわりとシンプル。「内臓!創造!子孫!」の三段構え。
途中で倫理観ぶっ飛びすぎて絶句しつつも、「これは道徳心を捨てて笑い飛ばすべき映画だわ」って切り替わります![]()
面白いのが、単なる悪趣味で終わってなくて、ラスト付近になると“くだらない人間の欲望”が滑稽さとしてフルスロットルになる。
一番やばいのは、博士が思い描いた「完全な子孫」が例のごとく呆気なくぶっ壊れちゃうところ。
そりゃそうだろう!ってツッコミ入れずにはいられない。
あと、当時3D用に作られたということで、やたら臓器や刃物がカメラ(観客)目掛けて迫ってくるカットも多いのが時代を感じさせて笑えます。
この演出も「わざとらしいなぁ」と思いつつ、逆にその古臭さがなんとも良い。
全体的には、ガチのホラーというより、むしろブラックコメディとして楽しむのが正解。
人間の欲望や愚かさ、倫理のぶっ壊れ具合をこれでもかと極端に突き詰めている、そのキレッキレの皮肉がクセになる。
グロテスクなシーンに眉をひそめつつ、「一体私は何を観ているんだ…?」と笑いが込み上げてくるこの感覚、まさにカルト映画ならでは。
好き嫌いは分かれるだろうし、「こんなの映画じゃない!」って怒る人も多いと思うけど、個人的には一周回って“楽しんだ者勝ち”な一本だと思ってる。
まともな映画に飽きた人、奇をてらった変態ホラーを観たい人、そして映画好きなら一度は通っておきたい“カルトの迷宮”へ足を踏み入れる覚悟がある人には超オススメ!
最後に一言。「内臓好きでもやりすぎはダメ、絶対」。…そんな当たり前のことを全力で映像で見せつけてくる、かつてない珍品。これぞ“悪魔のはらわた”の醍醐味です。
2025年7月現在、配信はありません。



