四つ牡丹
本日の画像は、四つのボタンと牡丹の家紋を合わせまして「四つ牡丹」です。
背景は、唐草牡丹。牡丹ずくしの画像です。牡丹は、別名「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」 「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」などと多岐にわたります。
則天武后も牡丹を愛でたという唐代以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好され、様々に詠まれ、描かれてきました。
清代以降、1929年までは中国の国花でもありました。
聖武天皇のころ、わが国に輸入された牡丹紋は、藤原氏の宗家である近衛家の正紋です。
徳川時代には菊、桐、葵の紋についで権威がありました。それゆえ使用は限られ、公家では鷹司、難波の両家、武家では島津、伊達、津軽などの大大名家、寺院では興福寺、東本願寺、平等院などが使用しています。
また、曲亭馬琴:「南総里見八犬伝」で牡丹が獅子の力を押さえ込む霊力があることに着目して、牡丹紋を八犬士の象徴としたようです。

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背景は、唐草牡丹。牡丹ずくしの画像です。牡丹は、別名「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」 「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」などと多岐にわたります。
則天武后も牡丹を愛でたという唐代以降、牡丹の花が「花の王」として他のどの花よりも愛好され、様々に詠まれ、描かれてきました。
清代以降、1929年までは中国の国花でもありました。
聖武天皇のころ、わが国に輸入された牡丹紋は、藤原氏の宗家である近衛家の正紋です。
徳川時代には菊、桐、葵の紋についで権威がありました。それゆえ使用は限られ、公家では鷹司、難波の両家、武家では島津、伊達、津軽などの大大名家、寺院では興福寺、東本願寺、平等院などが使用しています。
また、曲亭馬琴:「南総里見八犬伝」で牡丹が獅子の力を押さえ込む霊力があることに着目して、牡丹紋を八犬士の象徴としたようです。

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