蟹牡丹・仙台蟹
本日の画像は、仙台七夕の時期にちなんで、伊達家の「蟹牡丹」です。
伊達氏の使用している牡丹家紋は、伊達綱村の時に近衛家に願って贈られ、その後重村の代に近衛内前の養女を室に迎え、斉村の代には鷹司輔平の娘を夫人とし、婚姻により実質的な裏付けを得たものです。
同じように他家においても、島津氏は近衛家の島津庄司の役により下賜され、津軽氏は戦国時代に近衛家から養子(落胤だという)を迎え、江戸時代にそのことを近衛家に認められ家紋を与えられました。
浄土真宗の東本願寺の寺紋は「牡丹」でありますが、これは江戸時代の中ごろ、近衛経熈の娘熈子が東本願寺光朗に嫁いだことから用いられるようになったといわれています。このように、牡丹紋は近衛家との関係をもって用いたことが分かります。
牡丹の花はまことに豪華で艶艶な美女を連想させます。
中国では富貴の象徴とされ、百花の王と呼ばれました。
日本に伝来すると珍重され、貴公子の間に広まり、やがて衣服などの模様に取り入れられました。
神護寺の源頼朝画像の着衣にも図案化した牡丹が描かれています。 

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伊達氏の使用している牡丹家紋は、伊達綱村の時に近衛家に願って贈られ、その後重村の代に近衛内前の養女を室に迎え、斉村の代には鷹司輔平の娘を夫人とし、婚姻により実質的な裏付けを得たものです。
同じように他家においても、島津氏は近衛家の島津庄司の役により下賜され、津軽氏は戦国時代に近衛家から養子(落胤だという)を迎え、江戸時代にそのことを近衛家に認められ家紋を与えられました。
浄土真宗の東本願寺の寺紋は「牡丹」でありますが、これは江戸時代の中ごろ、近衛経熈の娘熈子が東本願寺光朗に嫁いだことから用いられるようになったといわれています。このように、牡丹紋は近衛家との関係をもって用いたことが分かります。
牡丹の花はまことに豪華で艶艶な美女を連想させます。
中国では富貴の象徴とされ、百花の王と呼ばれました。
日本に伝来すると珍重され、貴公子の間に広まり、やがて衣服などの模様に取り入れられました。
神護寺の源頼朝画像の着衣にも図案化した牡丹が描かれています。 

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