光琳飛囲鶴 | 画紋(gamon)

光琳飛囲鶴

本日の画像は、『紅白梅図屏風』に使用されている背景の波の形を模した「光琳飛囲鶴」です。
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尾形光琳は、王朝文化時代の古典を学びつつ、明快で装飾的な作品を残しました。
その非凡なデザイン感覚は「光琳模様」という言葉を生み、現代に至るまで日本の絵画、工芸、デザイン等に与えた影響は大きいものがあります。
光琳は30歳台前半に浩臨と改名。「光琳」の名が史料上確認できるのは35歳の(1692年)が初見です。
44歳の元禄14年(1701年)には法橋の位を得ている(「法橋」は本来は高僧に与えられる僧位の1つですが、後に絵師、仏師などにも与えられるようになったようです)。
光琳の作品には制作年代を確定できるものは少ないのですが、多くの作品に「法橋光琳」の落款(サイン)が見られることから、彼が本格的な絵画を制作したのは法橋位を得た44歳以後、59歳で没するまでの十数年間であると推定されています。
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「尾形光琳関係資料」として重要文化財に指定されています(大阪市立美術館と文化庁に分かれて所蔵)『鳥獣写生帖』などの光琳の写生帖、画稿、意匠図案集などが多数含まれていて、何か機会があれば是非見てみたいものです。
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