ども、僕です。




今日は休みで、天気がいいし、NEWデジカメ「LUMIX」をもって、拙者の地元にある「白河小峰城」へ・・・




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木々の葉っぱは緑色から徐々に赤みがかっています。秋ですね~(b^-゜)


小峰城は1340年(興国元年)、結城親朝によって小峰が丘に館を構えたことに始まります。






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このアングルが一番好きですね☆


この三重櫓、前御門は1627年(寛永4年)、当時の領主「丹羽長重(後に息子光重は二本松に転封)」が幕命によって建設されました。江戸時代における代表的な平山城です。


その後は榊原、本多、奥平松平、結城松平、久松松平(寛政の改革を実施した松平定信は久松家です。)、阿部家など、主に親藩、譜代大名が治め、伊達、南部、上杉などの外様大名をけん制しました。


戊辰戦争時では東北ラウンド第1戦の戦場となりました。


しかし、西軍によって落城させられます。そして、戦火は会津、そして箱館へと向かいます。


しばらくは石垣のみ残っていましたが、1991年(平成3年)、三重櫓が、1994年(同6年)、前御門が復元されました。残っていた設計図を忠実に再現し、現在の木造復元のさきがけとなりました。




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天守閣はなく、約700畳の本丸があった跡です。今は本丸を復元しようと基金を集めています。






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前御門の後ろの「桜門」です。ここから本丸脇に入ります。




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東日本城郭の特徴的な土塁を登れば白河市街が・・・


奥はJR東北本線です。この駅はかつて堀があった跡です。


右側の屋敷?は資料館で、南北朝時代から戦国時代まで統治した「白川結城家」の資料が、幕末に統治した「阿部家」の資料が展示されています。




とまぁ、普段はここまでですが、じっくり、ということで、城壁の脇を歩ってみました。




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はい、お気づきでしょうか?


左右の石垣の作りが違うことを。




ここは以前紹介した「図解 日本の城」を参考に・・・




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右側は「野面積み」といい、加工しない自然の石を積み上げたもので、左は「切り込みハギ」といい、石を四角く加工して隙間をなくし、キレイに積み上げています。




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城の裏手には、さらに道が続きます。






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ここから城裏に行き、脱出できるように裏道を作っていました。




改めてみると、城はさまざまなミステリーが隠されてますね☆