こんにちは 長尾康世です。


小学校5年生の子どもの親権が取れなかった経由をお話ししたいと存じます。

離婚を考えたとき先方の合意が取れないと

まず離婚調停となります。

その話し合いもつかないと、離婚裁判となります。


私は離婚裁判になり、裁判官が、何の判断もしようとしなかったので、子どもの親権が取れませんでした。この裁判官は、30歳後半の男性です。

離婚裁判の裁判官は、4年以上全く変わりませんでした。

その裁判官が、言うには
「小学校5年生であれば、もう自分の意志があり、自分で判断できる。
 子供が父親の所にいたいのであれば、その意思を尊重しなければならない。」

この息子に当時のことを聞くと「自分が、頑張ってお父さんを変えることができれば、離婚はしないだろう。」ということを話します。

ですので、父親の元で家出、暴力問題を相当起こしました。

この状況を訴えたくても裁判官は、子どもは関係ないと決めつけているので、全部訴えを知りのけられてしまいました。

先方の言い草も相当ひどく、こちらの弁護士も裁判官が、移動で変わってくれるのを待たないとだめでしょう。とのこと。

先方の弁護士は、女性の方でしたが、自分が弁護する相手が、嫌になったのか
途中から同じ事務所の若い弁護士さんに変わりました。

家を出て6年目
後 1年すれば、財産もすべて1/2請求できるとなった時 娘の病気が見つかりました。

脳動静脈奇形です。

https://ameblo.jp/macoudo/entry-12283255176.html


もう私もこの時点でいっぱい、いっぱい。

先方から、逃げるように暮らしていました。

裁判所の帰りはいつも精神科の医師のところに行き大泣きをして安定剤を打ってもらう不安定な毎日

娘に何かあったら、父親の方で面倒を見てもらうという話で決着をつけ、離婚を成立させました。

 

調停の時の裁判官は、女性の方

 

こちらの方は、こんなにひどい話はない。と調停が終わった瞬間、こんな法的手段もあるよ。そこは、こうしなさいよ。と、とても親切にお話しいただきました。

 

裁判所の原告側控室は、同じような境遇の方と遭遇する機会が得られました。

そして裁判所の裁判官の当たり外れに左右される 理不尽をしりました。



こんな変な元亭主の元にいた息子は、高校三年の時、7年ぶりに会うことができました。
そしてその息子は栄養失調、肝硬変になっていました。