「世はまさに大海賊時代!」というナレーションがありますが、今の世の中は僕から見ると、「世はまさに大ソーシャル時代」という感じである。2000年中盤まではネットは引きこもり達の安住の地だった。それがSNSが普及し、一般人もネット上に声を上げるようになった。そして実名登録のフェイスブックが日本に上陸したことで、更に居場所がなくなった。
そもそも1人だけの自分を所有してる人なんて何人いるんだろうか。真面目な自分、ふざけたい自分、テキトーな自分、などいろいろな自分を持っているものだと思う。会社の人の前や家族の前や友達の前で自分は変わってくるものだ。そんな自分をどこまでネットで出していいのかとても悩む。特にFacebookやツイッターはネガティブなことや不謹慎な事は書き込みづらい。そうなるとただの社交的な人物の集まりや、うわべだけの自分で接することになる。ネットでも本音の自分を出しづらい。
ただ最近変わってきたことは、少しずつではあるが自分の中にある本音を出していこうと言う思いなってきた。自分のことを嫌いになる人がいるかもしれないけれど、中には共感してくれる人もいるかもしれないという希望が出てきたからだ。人の気分を害すぐらいだったら何もしたくない、そんな気持ちもあったけれど、ある程度迷惑をかけることも大事なんじゃないか、と思えるようになってきた。
人とのコミュニケーションについて書き足りないので、今日も同じテーマでいきます。
僕は人との距離の取り方が非常に苦手です。適切な距離が分からず、人との話題に困ることも多いです。そんな不器用な僕がシステムの営業やっているので、こうやって書きたくもなります。
コミュニケーション能力が重要なんて言葉は就職活動で耳にタコができるほど聞きましたが、最近では洒落にならないくらい、死活問題のように感じています。
何年か前に、ある芸能事務所の養成所に通っていました。芸能人は変わった人でもなれるんじゃないか。ビートたけしや松本人志も人見知りと聞くし。コミュ障の僕でも調整する価値があるかもしれない、と思って月3万も払って通いました。
何回か養成所に通って、オーディションを受けたりするうちに、ある重大なことに気がつきました。「最近のタレントや芸人は空気が読めないとやっぱりいけない!」今テレビのひな壇で活躍している20、30代の芸人を思い返して下さい。人として棘はなく、友達にしたいようないい人ばかり出てませんか。ハライチの澤部や平成ノブコブの吉村をみればわかります。おそらくこの2人はテレビのスタッフからもとても好感もたれると思います。どんなにとんがった個性を持っていても周りの人と上手くやっていく力がないとやっていけないのです。本格的にそういう世の中に日本はなりつつあります。これは至る業界や会社で起こっていると思います。デザイナー職も技術職もよほど光るものがないと孤立していきます。ある程度そのような専門職の人もコミュニケーションが取れないと周りの負担になってしまうのです。
コミュ障が生きづらい今の日本。そりゃ鬱病もふえますわ。
僕は若干アスペルガー気味である。気付いたのは、前職で上司のパワハラにあい、心療内科でうつ病だと診断された際に医師から言われました。言われた時は少しショックだった反面、安心する面もありました。僕は昔から100点が取れない生徒でした。どんなに勉強してうまくやったとしても何箇所かケアレスミスをしてしまう生徒でした。新入社員で何とか大企業にも就職できましたが、仕事でミスを恐れるあまり、何度も報告書やメールの見直しをして時間がかかってしまい、常に恐怖感に駆られながら仕事をしていました。特にホウレンソウが苦手で何度も上司から注意されました。報告するために文章を構成しないと上手く伝えられないのです。
アスペの特徴、
・表情が固い
・何を考えているか周りに伝わらない
・同時作業ができない。基本シングルタスク
・TPOに応じて話し方などを変えられない
・偏食
・電話が苦手
・優先順位がつけられない、など
全て自分に当てはまります。
こんな僕が営業をやっているので、やっぱり職業選択間違えたかなあ、と思う毎日です。
世の中、アスペルガーが非常に生きづらくなっているように思います。
社会がミスを許さないようになったために、アスペが露呈しやすい世の中になったかもしれません。
今私は会社でテレアポをしています。アポイントが全然取れないです。そもそも急に会社に電話をかけてきて会ってくださいなんて自分だったらやだなあと思っていました。だけど新規の開拓営業はテレアポが1番効果的であるのも事実だ。飛び込み営業も悪くはないが、移動に時間がかかるので1日に回れる数は限界がある。業種や売る商品によって効果的な営業方法は異なるが、僕がやっているシステムの営業は悔しいがテレアポへのアプローチが1番確実だと言える。なぜなら、ニーズがないところに行っても絶対に買ってくれないからだ。嫌でもやるしかないんだよなぁ。いつか将来的にテレアポを誰もしない日が来るんだろうか。
 認知症の男性が列車にはねられ死亡した事故めぐり残された遺族に損害賠償を求める裁判がニュースになっています。
 そもそも個人の自由がこれだけ認められてきた世の中で親の介護の責任が増しているのはあまりにも残酷なことではないでしょうか。そもそも江戸時代や明治時代には認知症と言う病気はあまり問題になっていなかったのでしょうか。昔はどのように認知症の家族を支えて暮らしていたのでしょうか。なぜ裕福な家庭は良い介護施設に入れて、お金がない人は家族の介護をしなければならないのでしょうか。親の介護って仕事なんでしょうか。他の人に押し付けていいものでしょうか。将来ロボットに介護を任せたら良いのかなあ。
  ボランティを積極的にする人は増えているけど介護って仕方なくやる感じだよなぁ。希望が薄いんだろうか。まずは社会のなかで介護に希望を持てるようにしていきたいですね。

 最近雨が多いですよね。「梅雨だから当たり前じゃん」と自ら突っ込んでしまうのですが、僕は本当に雨に弱いんですよ。何が弱いかというと、気分が乗らなくなってしまうんです。今日も元気に頑張ろう!と思っている矢先に突然の雨。自然とため息が出てしまいます。特にバイクで移動中、雨に降られたときの僕のテンションは相当低いです。外に出かけて、急に雨が降ってきたとき、いつもカバンに入れていた折りたたみ傘がない!なんてことがないですか?僕は今年で3回目です。


 雨に振られると、冷たいですし、服や髪が濡れて不快ですよね。昔から僕は、雨の中を歩くときなぜかとてもやるせない気持ちになります。「なんでたまたま自分が外出しているときに限って降るんだ!」と、天を恨みたくなってしまうことってありますよね。


 しかし最近聞いた大学の講義で、『人は心理的に連続して起こる出来事に因果関係を結ぼうとする』と教授が言っていました。傘を持っていない時に出先で雨が降ると、不運の連続性を感じますが、「傘がないこと」と、「雨が降ってきたこと」は全く因果関係がないのです。自分が傘を持っていない時に合わせて、天の神様は雨を降らせているわけではないんですね。確かに、課題が重なって忙しい時に人から頼まれごとがあると、「こんなときに限って…」とつい思ってしまいます。実は自分の勝手な解釈だったんだ!そう思うと、「傘を用意できなかった、自分が悪い」とあきらめがつきます。自分という人間は、結構単純な生き物なんだと改めて思いました。

 実は最近フルートをやりはじめました。全くのド初心者です。22歳になって初めてフルートに触りました。ヤマハの楽器レンタルでとりあえず5ヶ月間だけ借りてみました。最初に箱を開いて分解されたフルートを組み立てて触ったときの感動はひとしおでした。実際に吹いてみると意外に吹くのが難しい!小学生の時、リコーダーが割と得意だったので吹けると思ってたのですが、音がうまく出ない(経験者の人から見たら、馬鹿にするな、と言いたくなるかもしれませんが)。

 

自分は元々オーケストラが好きで、クラシックはあまり詳しくないですが、コンサートには月に1回ぐらいで行っていました。あの荘厳な雰囲気が好きなんですよ。知らない曲が続くと寝てしまうときもありました。楽器はヴァイオリンとフルートの音色が好きで、「自分で好きな時に演奏したいなあ」と思っていました。そんなある日、ヤマハのホームページを開いてみたのがはじまりです。

 

 お金がないので、音楽教室の無料体験レッスンを1回受けて、フルートの組み立て方、持ち方、姿勢、ソとラとシの吹き方、手入れの仕方を教わり、あとは独学で頑張ろうと思います。実際無謀な行為なんでしょうか。でも、どこまで吹けるかによりますよね。そして今までの経験上、「お金を投資した分=技術の向上」ではないですから。大学受験のときも、予備校にお金を投資した分だけ報われる世界ではなかったですからね。


 まあ何はともあれ、今月中には簡単な曲を1曲マスターしたいです。

  こんにちは~。つい最近、「賢者TV」というサイトでサイバーエージェントの社長の映像を見て、アメーバブログに興味を持ち、今生まれて初めてブログを書いていますちなみに知っている方も多いと思いますが、賢者TVとは様々な企業の経営者、社長のインタビュー映像がたくさん載っているサイトです。私は現在大学3年生で来年には就職をひかえているので、このサイトを参考のひとつに見ていきたいと思います。「賢者TV」について自分は最近まで知らなかったのですが、有名なんですかね?


 ブログって何書けばいいんでしょうか?人のブログを読んだことがないので分かりません。とりあえず不定期にちょくちょく書いてみようと思います。果たして自分のブログを読む人がこの世の中にいるのかな。

 

 まずは形にこだわらず、自分の書きたいことを書いていこう。昔から日記をつけようと思っても三日坊主で終わった記憶しかないので、ネットだったら続けられるかも。見られている感覚もあるし。誰も見てないか。