自閉症スペクトラム・中度知的障害の

7歳の女の子を育てている

精神疾患を持つ母親の日常ですクローバー



前回の記事に

いくつかのメッセージをいただきました。


ありがとうございました。



お会いしたことのあるブロ友さんからは

ラインでメッセージをいただきました。


内容はざっくりとですが


ブロ友さんが遭遇した

服薬をめぐるいくつかのケースと


私を心配してくださる気持ち


最後は


どちらを選んでも応援してるよ!


という、温かい言葉で

締めくくられていました。



どんな選択をしても

応援するということは


応援することを前提に無条件で

相手の選択を受け入れるということで


それは、相手を信頼に足る

ひとりの人間として尊重していないと

出来ることではないと思います。


とても有難いことです。


私は子供の頃、父親から

自分の気持ちや選択を

否定されることがよくありました。


父親の意向が全てで

それ以外を選ぶことは愚かなことだと


私が諦めて希望を失うまで

繰り返し言い続けました。


いつしか私は自分を

信頼するに値しない人間なのだと

思うようになりました。


自分自身を信頼できなくなった私は


その時々に感じる辛さや悲しみさえ

この感情は間違っているのではないか

と思うようになりました。


自分は今、何を思えばいいのか

どう感じるのが正解なのか


既存の感情は無視して

そんなことばかり考えていました。



ブロ友さんのラインの中に

もうひとつ嬉しい言葉がありました。


私の癖である

『考えるのをやめない』『考え尽くす』

ということについて


とても肯定的に捉えて

こはるさんは強いと言ってくれました。


私が短所だと思っていることも

ブロ友さんから見れば

長所になるのだと驚きました。


周りからはよく

考えすぎだと言われます。


誰もそこまで考えていないとも。



この記事を書くにあたって


ブロ友さんが評価してくださった

『考えるのをやめない』という

ことについて考えてみました。

ややこしい私


私には元々(今も少し)ぐるぐると

同じことを考える癖があります。

反芻思考


それは『考えるのをやめない』

というよりは『やめられない』


『考え尽くす』というよりは

『頭から離れない』


という、受動的なもので


自発的に考えを巡らせているのではなく


勝手に頭に浮かんできて

考えたくなくても自動的に考えてしまう


何の生産性もない苦行のようなものです。



それをやめるには

新たな情報や知識を取り入れ


頭から離れない『何か』を

『違う何か』にしなければいけません。


それは、自分ひとりでは難しい

作業かもしれませんが

カウンセリングが効果的です


ネットでも本でも映画でも何でも

自分が知らない何かに触れ


その中から、自分が楽になれて

その時の自分が無理なく

取り入れられるような新しい価値観を

自分のものとすれば良いのだと思います。


そうして外からたくさんの

自分の気持ちを軽くできるような

考え方を吸収して

日々アップデートすることが


ブロ友さんが評価してくれた

私の『考えるのをやめない』という

行為なのかなと思いました。




色々書きましたが

最後に私が言いたかったことを。



嬉しかったよ、ありがとう。







最後まで読んでくださり

ありがとうございましたクローバー