恋人への愛。

家族への愛。

子どもへの愛。

 

無償の愛。

 

とっても美しくて、すてきな言葉ですよねラブ


でも、愛するって具体的にどういうことですか?

って100人に聞いたら、きっとバラエティ豊かな答えが返ってくるだろう、抽象度が高くて、曖昧な言葉。


「愛する」って、具体的には何をすることなんだろうキョロキョロ?


愛って、感情なのだろうか。
それとも、行動なのだろうか。


私は愛について、こんな風に考えます。




愛=想像力+尊重

 



そもそも「愛」という漢字には、古い字形や字源の説明から、「心」や「振り返るような姿」「足取りが重く進みにくい様子」といったイメージが読み取れるとされているそうです。



それをまとめると、「心を残しながら振り返り、名残惜しそうに去っていく」情景として説明されたりしています。



どうして、これが愛になるんだろう。

わたしは「心を残しながら振り返り、名残惜しそうに去ろうとする人」になりきってみましたニコニコ。

 


「・・・もっとそばにいたい。
 できれば離れたくない。
 でも、相手のことを思うと、ここに留まらないほうがいい。
 だから、名残惜しさを抱えたまま、ゆっくりとその場を離れることを選ぶ。」

 

こんな気持ちが沸き上がってきました。

この気持ちを発展させると、


「わたしは○○したい。

 相手はどう感じているんだろう?」


「わたしは△△したくない。

 相手に本当に必要なのは何だろう?」


「もし自分がこの人の立場だったら、どう感じるだろう?」


自分の思いだけでなく、相手の思いにも意識を向けました。

 


これが愛だとするなら、想像力が必要になってきます。


相手の立場に立つには、相手の内側にある世界を知る必要があります。


けれども人は、自分の世界から完全に外へ出て、他者の世界を知ることはできません。


だから、「自分が自分独自の世界を持っているのと同じように、この人は、自分とは違うこの人独自の世界を持っている」と想像力を使うのです。


そして、相手はどんな世界を持っているだろうか、と想像すると気づくのです。


わたしが正しいと思っていることが、相手にとっても正しいとは限らない。


わたしが嬉しいことが、相手にとっても嬉しいとは限らない。


わたしがそばにいたいと思っていても、相手は距離を必要としているかもしれない。


わたしが「こうしてあげたい」と思っていても、相手が本当に望んでいることは違うかもしれない。


だから愛には、想像力が必要なのではないかと思ったのです。



そしてもうひとつ、大切なこと。



尊重。



想像した相手の世界を、「そういう世界もある」と認めること。


自分の希望を押しつけるのではなく、相手には相手の感じ方、考え方、選択があることを認めること。



つまり、
愛することは、自分の世界を相手に重ねることではなく、相手には相手の世界があると理解し、その世界を尊重することなのではないか。



そう考えると、「愛」は単なる感情でも行動でもなくなる。



愛しているから、そばにいることもある。
愛しているから、待つこともある。
愛しているから、見守ることもある。
そして、ときには、
愛しているから、手を放すこともある。

 


「心を残しながら振り返り、名残惜しそうに去ろうとする人」で説明するならば、


もっとそばにいたい。
離れたくない。
でも、この人にとっては、今は私が離れるほうがいいのかもしれない。


そう想像できたとき、自分の「そばにいたい」という願いよりも、相手の世界を優先することができる。


そこには、少しの痛みがある。
だからこそ、「愛」という字に感じられる「名残惜しさを抱えて振り返る」というイメージになるのかもしれません。


愛は、必ずしも自分を満たしてくれるものではなく。
むしろ、ときには自分の願いを手放すことさえ含んでいたりする。


そうだとするなら、最初の問い、
「愛する」とは、具体的に何をすることなのだろう?


私の今の答えは、こうです。


愛=想像力+尊重。


相手には、自分とは違う世界があると想像する。
その世界では、相手が何を感じ、何を望み、何を大切にしているのかを想像する。
そして、想像した相手の世界を、自分の都合のいい形に変えようとせず、尊重する。


自分とは違う誰かの世界に思いを馳せ、それを尊重する力。


私は今、愛というものを、そんなふうに考えてみました。


そしてもし、一人ひとりがほんの少しでも、相手の世界を想像できるようになったら。


「この言葉を受け取ったら、この人はどう感じるだろう」


「この人にも、私には見えていない事情があるのかもしれない」


「この人にも、私と同じように、大切なものや怖いものがあるのかもしれない」


そんな想像ができたら、人にひどい言葉を投げつけることは少し難しくなるかもしれない。


差別も、憎しみも、争いも、ほんの少し違って見えるかもしれない。


相手を「敵」「他人」「数字」「属性」として見るのではなく、その向こう側に一人の人間がいることを想像できます。


愛とは、想像すること。


そして、


想像した相手の世界を尊重すること。

 


愛=想像力+尊重。


そして、その想像力と尊重を、何度も何度も使っていくこと。
それが、「愛する」ということなのかもしれない。