それまでの間には離婚や再婚もあり山あり谷あり
いつもストレスを抱えていたかも。
私は、ストレスを溜めやすく、悩みがあってもいつも自分の中に留めて、一人で抱え込む性格だったことが、一番の原因かもしれません。
気付かぬうちに溜まりに溜まっていたのかな。
うちは自営業だったので義父母、主人はいつも一緒に仕事をしていました。
義母は、思ったことを全て口にするタイプ。
ただ、言うことがストレート過ぎるだけで優しい人。言うことに悪気はないのは分かっていました。
義父は、時には厳しいことも言うけれど、誰にでも優しい穏やかな性格
主人は、明るい性格で家族を大切にするけど、理由も聞かずにぶちキレるところがありました。
二人目の子供を出産して3年が経った頃
家の隣にある作業場からの話声は、いつものように賑やかだった。
でも…何故だろう
騒がしい声は、その内容は全く聞き取れないのに
自分の悪口に聞こえてきてしまった。
正確に言えば、勝手に悪口だと思い込んでしまった。
その日から、そんな状況が毎日続いたんだと思う。
ある日、実家の母が家に訪ねて来ました。
私はまだ、自分の症状に気付いていなかったから
母に助けを求めることも、相談することもありませんでした。
ただ、全く笑うことが出来なかったように思います。
それから数日が経ち
完全に笑顔が消えた私は
主人が出先から帰宅した夕方
暗い部屋に一人ポツンと涙を流していました。
そんな私を見つけ
どうした?と声をかけられ
糸が切れたように声を出して泣き出しました
主人に「鬱か?」と言われた時に
初めて、私は鬱なんだと気付きました。
主人も、昔、軽い鬱になった経験があったようで
気付くのが早かったんだと思います。
義父母は出掛けていて
子供たちは2階で遊んでいた。
主人は子供たちに心配かけないようにしたかったのでしょう
とりあえず「明るいとこ行こ」と居間に連れて行ってくれました。
正直明るいところには行きたくなかった。
とにかく明るい光が嫌で暗い場所にいたかった。
でも、主人がいてくれたことで少し安心出来た。
もうどうやって笑ったらいいのかも分からないくらい
笑顔が作れない状態だったと思う。
そこから朝までのことは覚えていません。
翌日、子供が小学校と保育園に行ったあと
主人に「病院行こ」と言われ病院に行った。
かなりの時間待たされている間
こんなにも涙って出るものなのかと思うくらいずっと涙が止まらなかった。震えも止まらなかった。
何かに怯えていたんです。
診察室に入っても
涙が止まらずに話すことも出来ずにいたので
主人が説明をしてくれて
速効性のある薬をもらて飲むと
スーっと気持ちが楽になっていくのが分かった。
先生は優しい言葉をかけてくれて焦らせないで待ってくれました。
少し落ち着いたところでようやく、泣きながらではあったけれど先生に話をした。
画用紙に絵を描かされた
木とりんごを描いた記憶はある
時間をかけてゆっくりと診察をしてもらった
「重度の鬱」と言う診断
「ずいぶん我慢をしたんだね」
そんな言葉をかけられた気がする
声に出して返事をする気力もない
目はうつろ
顔の筋力を全て失くしたように無表情
そんな状態だったと思う。
そこから6年間、鬱と戦うことになるのです。
鬱発症から克服まで
これから全て話していきます。
13年経っても、思い出したくはない過去だけど
でも、今なら話せる
やっと話せる
もう私、鬱になんてならない自信があるから。
鬱で悩まれている方や、そのご家族、周りの方の対処の仕方など、私の経験が参考になればと思います。