30歳のときって何してた? | Macorn日記

30歳のときって何してた?

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先日、知り合いの男の子が30歳を迎えた。


それを聞いて、


夫:「彼もついに30歳かぁ。・・・僕が30歳のときって、何してたっけ?」


私:「・・・・・・無職


夫:「 ( ゚ ▽ ゚ ;)!!!!! ・・・ああ、そうでしたね。ハハ…ハ…




結婚してから約3年後の2003年末、夫が無職になった。(初カミングアウト)



このブログのタイトル、「海外駐在2度目」としてるけど、

実は1度目と2度目、夫が勤めている会社は異なる。



ならぬ、の妻、とでもいうべきか。



「何で無職になっちゃったの~?」と思った方、

またまた長文ですけど、よかったら読んで下さい↓



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2000年の春、夫(当時は未婚状態です)はそれまで勤めていた会社が規模縮小することになった為、

転職活動を開始。

職安で紹介された会社を訪問すると、

「マレーシアにある工場をマネージして欲しいんだけど」という話を持ち掛けられた。

夫はそれまで東南アジア圏には足を踏み入れたことはないし、

おまけに他に日本人駐在員はいない、とのこと。

「あれこれ悩むより、とりあえず行ってみる」と、2000年の暮れには単身渡馬してしまった。


日本に残った私は何を考えてたか?


なんとなくズルズル、気がつけば付き合い始めてから5年超だったので、

「これを機に結婚できちゃうかも??」とものすごくワクワクした気持ちでいた。

私の両親は「ついて行きたいなら、ちゃんして(つまり入籍して)から行きなさい」と

特に反対はしなかった。

そして半年後に入籍、私も渡馬。


マレーシアの工場は立ち上げたばかりで、(一応)経営者となった夫は

経理、営業(飛び込み)、人事…等々、全てゼロからひとりでやらなくてはならなかったので、

朝は暗いうちから出掛け、深夜に帰ってくる日々が続いた。

(気がつくと、昼間ちゃんと着替えてるのに、パジャマ姿でしか会ってないという…)



ワクワクした気分で過ごせたのは、最初の1ヵ月くらい。

私は唯一の話し相手と話す時間もなく、頼みの綱の紀伊国屋も撤退してしまい、

おまけにネットも繋がっていなかったから、「誰とも話さない日々」が本当に辛かった。

(変なサークルでも、人を求めちゃったこの気持ち、わかってもらえるかしら?)



何とか工場が軌道に乗り、従業員も増えてきてそこそこうまく行ってたのだけど…

日本の本社といろいろあって、(←詳細を書くと2日くらいかかりそうなので割愛します)

2003年末、残念ながら工場を閉鎖することに。


夫は本社に席を用意されたけど、それまでマレーシアの工場の問題点を

解決しようとしなかった体質に嫌気がさしていたので、これを拒否。



こうして、夫は無職となって日本へ本帰国することになったのだった。



海外駐在2度目、の妻のブログ
(悩み過ぎて49㎏位に激ヤセした)夫と、帰国の為の引越しのお手伝いをしてくれた従業員の方々。

皆さんが幸せであることを祈ってます。



無職となった夫と、どう乗り越えてきたか。


それは次回の講釈で(西遊記(マチャアキの)っ芥川さんぽく言ってみた)※芥川氏…ナレーターです





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