雪とパイナップル
ブログネタ:好きな童話、絵本は?
参加中「好きな」というよりは、多くの人に読んでもらいたいと思っている本です。
鎌田 實 著の『雪とパイナップル』です。
1991年1月。
鎌田先生は、初めてソ連行きを決意します。
チェルノブイリへ行くためです。
「なぜソ連なんてひどい国を助けにいくのか」と聞かれたことがあったようですが、
「子どもは国を選んで生まれてこない。誰もやらないからこそ、放射能汚染地へ行って子どもを助けたい」
「なぜソ連なんてひどい国を助けにいくのか」と聞かれたことがあったようですが、
「子どもは国を選んで生まれてこない。誰もやらないからこそ、放射能汚染地へ行って子どもを助けたい」
という思いがあったそうです。
現地では難治性の白血病の子どもたちを救うため、骨髄移植の初歩の治療を現地のドクターに教え、
11人の子どもに骨髄移植をしたそうです。
10人は白血病が完治しましたが、1人だけアンドレイという少年が残念ながら亡くなってしまいました。
彼が亡くなった後、鎌田先生は少年の家へお悔やみに行くと、
現地では難治性の白血病の子どもたちを救うため、骨髄移植の初歩の治療を現地のドクターに教え、
11人の子どもに骨髄移植をしたそうです。
10人は白血病が完治しましたが、1人だけアンドレイという少年が残念ながら亡くなってしまいました。
彼が亡くなった後、鎌田先生は少年の家へお悔やみに行くと、
彼のお母さんが以下のように話してくれたそうです。
「大切な息子を失ったけど、私達は日本人に感謝している。
骨髄移植の後、息子は敗血症になりました。
「大切な息子を失ったけど、私達は日本人に感謝している。
骨髄移植の後、息子は敗血症になりました。
熱にうかされ、何ものどを通らなくなりました。
何が食べたいのと何度も聞いてくれる日本人の看護師さんがいました。
息子はパイナップルと答えました。
一度しか食べたことがありませんでした。
日本人の看護師さんは、仕事が終わるとマイナス20度の雪のゴメリの町を、
何が食べたいのと何度も聞いてくれる日本人の看護師さんがいました。
息子はパイナップルと答えました。
一度しか食べたことがありませんでした。
日本人の看護師さんは、仕事が終わるとマイナス20度の雪のゴメリの町を、
パイナップルを探して、店を一軒一軒歩きました。
経済の崩壊したゴメリにはパイナップルはありませんでした。
町中の噂になりました。
パイナップルの缶詰を持っている人がいました。
その方は、日本人はそんなことまでしてくれるのかと感激し、
翌日缶詰を病院に届けてくれました。
息子はパイナップルを食べると不思議なことが起こりました。
経済の崩壊したゴメリにはパイナップルはありませんでした。
町中の噂になりました。
パイナップルの缶詰を持っている人がいました。
その方は、日本人はそんなことまでしてくれるのかと感激し、
翌日缶詰を病院に届けてくれました。
息子はパイナップルを食べると不思議なことが起こりました。
熱が下がり敗血症も治り、退院できたのです。
しかし、残念ながら10か月後白血病が再発し、息子は死んでしまいました。
大切なものを失ってしまいましたが、私達家族は雪の中、
パイナップルを探してくれた日本人がいたことを、絶対に忘れません。
しかし、残念ながら10か月後白血病が再発し、息子は死んでしまいました。
大切なものを失ってしまいましたが、私達家族は雪の中、
パイナップルを探してくれた日本人がいたことを、絶対に忘れません。
あの看護師さんのおかげで、私の中に、忘れていたものが蘇ってきました。
それは感謝する心でした。
人間と人間の関係はまだ壊れていない。
私たち家族の間に新しい希望が蘇ってきた。
私たち家族の間に新しい希望が蘇ってきた。
アンドレイは短い命でしたが、幸せな子だったと思います…」
(読売新聞に掲載されたものを一部抜粋しています)
鎌田先生はあとがきにこう綴っています。
「幸せは、もしかしたら、幸せをめざしているプロセスのなかにあるのかもしれないと気がつく旅でした。
苦しみや悲しみのなかにいる人たちだからこそ、幸福になれる可能性があることがわかりました」
苦しみや悲しみのなかにいる人たちだからこそ、幸福になれる可能性があることがわかりました」
この本は「大人のための絵本」として企図されたのですが、子どもにも読んで欲しいな、
と思ったのが率直な感想です。
物があふれかえり、毎日が忙しなく過ぎている中で、「幸福」や「人の心」が見えにくくなっている
現代の日本人(もちろん、私も含めて)に『幸せの本当の意味は何か』を問いかけているのだと思いました。
内容を殆ど書いてしまいましたが…良かったら読んでみて下さい。
駐妻には全く関係ないですけど…よかったらポチポチ、お願いします。

