13.人の心を読む女再び
橘玲香
今回はこの女の視点で話が始まる。
まずは簡単にこの女のプロフィールを紹介しよう。
橘玲香(たちばなれいか)、29歳。
彼女はごく普通の家庭に生まれ育った長女だ。
彼女の父親は商社のサラリーマン。母親は専業主婦。
年が5つ離れた妹が一人いる。4人暮らしで、家は西東京だった。
玲香は当たり前の家庭に育ってきた。両親は普通に喧嘩もするが、離婚とまで行くこともない。
妹は今風で、玲香はそんな妹があまり好きではなかった。
玲香の見た目は若く、ほしのあきのような感じだ。
彼女は今、某化粧品会社で普通にOLをしている。実家を出て、中野のアパートで一人暮らしをしている。
物語へ。
水道橋駅のベンチに腰掛けていた。玲香は日曜なのに、黒いタイトスカートのスーツを着ていた。
暑い一日で、彼女は首筋から流れ落ちる汗を白いハンカチでぬぐった。
玲香は待っていた。その日、彼女はある男に会える予感を抱いていた。そしてその予感は18時35分に的中した。
彼女はアキバ方面に向かうベンチから反対ホームを眺めていた。向こうのホームから背の高い男が玲香の法をじっと目つめていた。
この物語の主人公、上野響(うえのひびき)だ。
玲香は響を見て微笑んだ。
響は改札方面を回り、玲香のいる反対ホームへとやってきた。
響 :「あんた、暇なんだな。毎日ここにいるのか?」
玲香:「そんなわけないでしょ。予感がしたの。今日あなたがここに来るってね」
響 :「まあ、どっちでもいいさ。俺は別にあんたに会いたいわけじゃないからな」
玲香:「そうね。別にいいのよ。それでも」
響はいつものように女を抱きたいと思って、ナンパをしに来ていた。そこへちょうど玲香がいただけだった。最初の出会いもそうだった。初めて会った日、二人は抱き合った。
玲香:「わたしはあなたに逢いたかったのよ。なんとなく、顔が見たくなったの」
響 :「どっちでもいいけど、どうする?」
二人は飯も食わずに、早速ホテルへ行った。前回はビジネスホテルだったが、今回はわかりやすいラブホテルだ。二人が求め合っている感情はすでに一致していた。だからわざわざ手順を追う必要も、気を遣う必要もなかった。
やりたい事は、セックスだけだ。
前回と同じように玲香はシャワーを浴びた。
獣(けもの)のようにやってくる響に、玲香はシャワーを浴びるよう促(うなが)した。響は素直にそれに従った。
ベッドの上で、玲香はシーツにくるまり、響を待った。響の落ち着かない興奮しきった感情が玲香を興奮させていた。
やがて響がシャワールームから出てきた。ろくに体も拭かず、隠すところも隠さずにベッドのなかにやってきた。そして激しく啜(すす)る音がシーツの中で響いた。まだ慣れ親しまなない響の体が玲香の体をぞくぞくさせた。
玲香:「ちょっと、ちょっと待ってよ」
響 :「なんだよ!」
玲香:「世の中にはいろいろな男がいる。大きい男、小さい男。
あなたは大きい男だけど、ただ大きいだけの男。
そういう男は女を喜ばせようとしないの。
自分のが立派で、それで全てと思っているの。つまらなくて、下手くそ!」
響 :「なんだと」
玲香は笑みを浮かべた。余裕の表情だった。怒る響の目を怖がることもなく、若いライオンを弄(もてあそ)ぶような目をしていた。
玲香:「まあ怒らないでよ。わたしがあなたに教えてあげてるの。
自分が満足すれば、相手も満足?自分のコトばかりで、あなたは早くしたい。
そして早くスッキリしたい。そればかり考えているでしょ?そうでしょ。
たまには女の子を満足させることを考えなさい。教えてあげるから」
響の体は苛立ちと欲望が入り交じり、より激しく興奮していた。支配してやるという響の欲望を玲香は強く感じ取った。
そして玲香はやってくる響に従った。体中は満足させられていっても、そんな響のやり方に玲香は反発したくなった。
「それがあなただと思っているの?そうやって、激しくやって、感情をぶつけることがあなただと、あなたは自分に言い聞かせているの?たまにはそんな思いを途中であきらめればいいのに。最後まで行こうとしないで、途中であきらめてしまえばいいの。わたしはもう満足だから」
口のうるさい女だと言いたいように、響は玲香の唇に唇を重ねた。そして激しく続け、やがて響は終りまで行き着いた。
事が終わり、玲香は裸をむき出しにしたまま、昏睡状態のように動かず、ただ天井を見上げていた。
「何か悪かったか?」と響は玲香に言い捨てた。
玲香は思い出したかのようにその言葉に反応する。
「やり遂げるのは、セックスだけにしておいて。それがあなたのために言えること。醜い連中があなたのやり遂げようとするエネルギーを利用して近づいてくる。心の内にあるそれを、それがない底辺の連中が利用しようとしているの。あなたはそんな事に巻き込まれてはダメよ」
上から物を言うように玲香を感じ取ったのか、響はめんどくさそうに何も答えようとしない。そそくさと脱いだ服を着て、鋭い目を玲香に見せて、去って行こうとする。玲香のまわるい目はその響の目を見返していた。
「もう、あんたに会うこともないな」と、響は玲香に言った。
玲香は何も言わずににっこりと笑みをみせた。
響は不思議に感じた表情を浮かべたが、何も言わずにベッドしかない部屋を出ていった。
「これがわたしの趣味、わたしの楽しみ、わたしの生き方だから」
玲香は一人でつぶやく。
「あなたにはまた会うわ。それが今のわたしの趣味だから」
一人になった響は妙にさくらに会いたい気持ちになっていた。今の時間なら、居酒屋「ふくちゃん」に行けばまだ会える気がしていた。
電車を乗り継いで、上野に着いて、駅を降りた。すると響の考えは変わっていた。さっきまで女を抱いていた体でさくらに会えない気がした。
いつもなら冷静さを取り戻すための行為であるセックスも、その日の玲香とのセックスには苛立ちしか残っていなかった。
響は素直にまっすぐ家に帰り、家に着くなり、熱いシャワーを浴びた。
冷蔵庫からハイネケンを取り出し、グビグビと一気に飲み干すと少しだけ冷静さが戻ってきた気がした。明日になったらさくらに会える気がした。冷静になって、響は思い募るさくらへの気持ちを明日に抑えた。明日はどんな形でもさくらに会いに行こうと、響は考えていた。
14話へ続く。