こころもりょうちのJFJ-鹿児島番外篇 | 小説と未来

こころもりょうちのJFJ-鹿児島番外篇

指宿市から鹿児島市まで来る途中に、自転車で旅をする人に出会った。


その人は、旅を一年以上続けている。だから自転車の荷物も多量である。装備もフルスペックといった感じだ。

彼は時間に決まりのない旅をしている。お金に限りはあるのだろうが、ほとんどテント暮らしのようなので、お金もあまり掛かっていないようだ。時としてどこかで泊めてもらったり、知り合いになって飯を食べさせてもらったりする事もあると言う。


腰の据わった旅人といった感じだ。

毎日、今日はいくら使ったかを考え、どこに泊まるかを考え、いつまでにどういうルートをとって沖縄までたどり着こうかと考える僕の旅とは大きく異なる。

彼の周りでは緩やかなペースで時間が流れている。しゃべり方や雰囲気にもそれを感じる。


彼は僕に屋久島や八重山諸島をお勧めの場所として勧めてくれた。

「屋久島は2,3日いるつもりだったんだけど、キャンプしてたら周りの人に引きとめられて3週間くらいいたんだよね。楽しくてねえ」

みたいな事を言って、数日は観光をしたけど、あとは夜周りの人と飲むのを楽しみに毎日を暮らしていたと言う。

沖縄には2カ月くらいいたそうだ。

お勧めされる八重山諸島(石垣島など)にはフェリーがない。だから飛行機jで行くしかなく、本来自転車では行けないのだけれど、彼は運輸会社の船に自転車を乗せ、自らは飛行機を使って、石垣島に渡ったと言う。僕も当初は石垣島まで行こうと考えていたけど、そういった航路の問題や飛行機代などを考え、今回の旅ではパスする事としている。


それから北海道も勧めてくれた。北海道は自転車旅やバイク旅のメッカのようでまずはそこから始める人が多いという。彼もその感じで、北海道それから四国のお遍路をやって、それだけじゃ物足りず、ついに満足いくまでの日本全国の当てのない旅に出たという。満足いくまで、というのがきっと彼にとってのゴール地点のようで、まだまだ旅は終わりそうにない感じだった。


だから僕にも「満足いくまで」とか「せっかくだから」という点を強調して伝えている感じがした。

でも僕は8月中旬までには東京に帰る予定だ。お金のリミットもあるし、先の事もある。いつまでも旅行をしてられないなと、考える。

中途半端なのかもしれないけれど、僕はそう思う。



人それぞれだ。

彼もそれは言っていた。「せっかくだから行っといた方がいいよ」とは言っていたけど、人それぞれ。

旅人は自由の中にいる。でもいつだって限りがある。時間や生活費の限りがある。それを越えてしまえば本当の自由人になれるかもしれない。でもそれじゃあホームレスのようなものだ。


旅は自由な時間。でも、限りはあって、何にどう使うかは人それぞれなのかな?

「自由の限り」を思う。縛られる事に反する者が旅に出る。僕の自由は彼の自由に比べれば、大きく限られていて、彼のような旅を思うと自分の旅がとても窮屈なものに思える。でも自分の旅は今のままでいいはずなんだ。


彼に出会い、少し考えさせられる。

答えとしては、どこに行ってどれだけの時間を過ごしたか?という事より、自分にとっての満足点はどこにあるか?という事なんだ。行けなかったところを思えば、心残りはある。僕は、またいつか、と来れるか来れないかは別としてその気持ちをとっておく。彼は、またいつかという感覚のない満足に至ろうとしているのかな?



旅の終わりも近づき、僕は何かの答えを探そうとしている。

答えはないのかもしれないけれど。



最後にちょっとだけ画像。
こころもりょうちの世界-鹿児島中央
鹿児島中央到着。


こころもりょうちの世界-西郷像
そして鹿児島、西郷さんの銅像。


(旅は終盤へと続く)