新世界15-夢世界 5
白い息を吐きながら、大きな手袋をして、大きなニット帽を被って、ゴミの山の上で宝探しを続けている。
2020年になっていた。元旦が過ぎてもう2週間が経った。そんな行事などなかったかのように、ここで作業をする人間はいつもの労働を続けている。ゴミの山からの金属探し。
いつの時代からか、人は無駄な物を大量に作るようになっていた。全ての物は多種多様化してゆき、いくつかの必要な物と、いくつもの不必要な物が生まれていた。
いくつかの必要な物は金持ちの道具となり、いくつもの不必要な物の集まりはここに十数平方キロメートルにもおよぶゴミの山を作る事となった。今もゴミの山は広がり続けている。
低賃金労働者は自分が無駄な物を作らされている事に気づいていた。無駄な時間を費やし、無駄な材料を費やし、無駄な不用品を作っていった。
そんな無駄な事は止めてしまえばいいのだが、低賃金労働者はそうする事によって仕事を失う事を恐れていた。一度失ってしまえば、もう二度とまともな職にありつけることはない。そんな時代の中で多くの人々は生きていた。その事を低賃金労働者たちはよく理解していた。
無駄な物を作る根源となっていたのが、上流消費者の無駄な欲望だ。上流消費者は無駄な選択を好み、無駄な選択を楽しんでいた。安くていい物を選ぶのが暇な上流消費者の楽しみだった。
上流消費者は全人口の極一部にしか過ぎないが、そんな上流消費者もたくさんも品定めをした後、極一部の物しか買わない。買われなかった物の一部はバーゲンにより一部の中流消費者の買い物に移ってゆくが、多くの物はゴミとなって捨てられる。人口の大半を占める低賃金労働者はろくに物を買う事もできないからだ。
低賃金労働者は毎日の生活に追われている。それでもたくさんの会社が潰れ、たくさんの非労働者が増えてゆく。物も人も不必要に溢れ、社会爆発が起きている。やがて淘汰が起こり、たくさんの物が無くなり、たくさんの人が死に消えてゆくだろう。
僕らはやがて消えてゆく。
痕跡も残らない塵と変わるであろう。
そんな事を思考しながら、ゴミくずを集める。
重い物を掘り起こし、体を動かし、熱を増しながら体を温めて、冬の労働を続ける。腹がぐうぐう鳴っている。毎日生きてゆくのはつらいことばかりだ。
2020年始まりの夢に僕はいた。
空腹と寒さに心はだいぶすさんでいるようだった。
心のままに僕はどこかへ行ってしまいそうだった。