ずっと西にある島 42.漂魂
5年が過ぎたワースの季節に、キウはモッカンバの商人に会った。
モッカンバ族は木製品を作るのを得意としていて、商人の彼らは木の器や何やらを運んで、カルミンヌオールの地へ行く途中だった。
3人のモッカンバはキウを見て驚いた。
「何だ、おまえは!?」
と、細長いモッカンバはキウに尋ねた。
「僕の名前はキウ。シュガーサの許しを得て、ここに住んでいる」
「それは構わない。ここはシュガーサの地だ。君の好きにすればいい。でも何でこんな所に住んでいる?」
がっしりしたモッカンバはキウに尋ねる。
「僕はかつて森で迷子になり、不思議な森に招かれた。そこでは生きていく事に困らないが、男を捨てなくてはならなかった。でも僕は一人の女性を愛してしまい、その森から追い出されてしまった。僕はもう一度、森へ戻りたい。そして、森で僕の愛した女性に再会したい」
「でもここは普通の森だぞ。おまえが思うような森にはいけないだろうよ」
と、つんつるてんのモッカンバが答える。
「もう5年が過ぎた。確かに僕はあの森へ行けない。毎年生きてゆくのが苦しくなるばかりだ」
キウはわかっていた。ここにはその入口がない事を。
それでも信じることを止めてしまえば、生きる意味がなくなってしまう。
だから信じるしかなかった。
「おまえはどこから来たんだ?」
細長いモッカンバがキウに尋ねる。
「この大地から遥か東、海を越えてやってきた」
「うそだあ。そんなところには何もあるはずないだろお」
と、つんつるてんが否定する。
「でも本当なんだ。いや、ちがうかもしれない。僕はオレンジ色のカプセルを飲んで、過去から未来へタイムスリップをしたのかもしれない」
「うそだあ。そんなの。適当な事を言って、俺たちをだますつもりだな」
と、つんつるてんが怒る。
「僕にもわからない。ただ僕はここに暮らしている。ここの前にはグァンダーで暮らしていた」
「いいだろう。君の言う事が本当だとしよう」
と、がっちりしたモッカンバが言う。そして続ける。
「それなら、君は海の向こうへ帰るべきだ。可能性があるのなら、君はそれをしなくてはいけない。そうした方がここにいるより遥かに君の求める可能性に近づくことができるだろう」
「でも、どうやっていけばいいか…」
「君に舟をあげよう。君の望みなら、僕らは最高にいい木の舟を造ってやるよ」
キウは3人のモッカンバの助けを得て、舟を手に入れた。舟と素晴らしいかいを手に入れた。
ムオマーの森の最東端、カリミオン族の地へと行き、舟を出航させた。
強くて軽いかいを使って、強く強く舟を漕ぎ出した。
岩崎さんはどこへ行ってしまったのだろう?
梅原さんはまたボートを作っているかもしれない。
あの日、あの時、僕は町を飛び出した。
辿り着く事のない遥かな旅に出てしまった。
汽車に乗って、元の町へと帰ればよかったのか。
いずれにしても果実には逢えなかっただろう。
ずっと夢を見続けていた。
彼女の感触はもうどこにも残っていない。
今は痛い潮風だけが肌に響く。
僕はフワーナの地に着いたあの日と同じように、波に揺られて、もがいている。
何を追い求めていたのだろう。逃げていたのだろうか。それとも探していたのか。一生の最高潮はもう過ぎてしまったにちがいない。きっと惰性で生きている。求めているのは魂だけで、僕という存在はなく、海の上を今日も浮かばれない霊魂として漂っているだけなのかもしれない。
でもキウは、ここ数年の現実的に感じられた日々を思い返す。ユスティスの話で、オーカッがいいなずけの男と結婚したという話を聞いた。ユスティスの子供も大きくなって、キウはユスティスの奥さんとも三回ほど会った。
いろいろな事があった。キウが風邪を引いて、死にそうなときにはハバルヒラが助けてくれた。シュガーサの集落で1カ月ゆっくりと過ごした日々には今でも涙が出てきそうになるほどの恩を、シュガーサの人々にキウは感じた。
しかし日々はあっという間に流れてしまった。結論からすると、キウ自身は何も変わっていない。ただあの日々は確かなものだった。
変わらない日々が漂い続ける魂のように自分を思わせるかもしれない。
それでも人は変わらないのかもしれない。
ある人はある人だ。
ある人はある人のまま、ある人として死んでゆく。
ケイチョウはケイチョウだった。
自分の運命を曲げることはできない。
自分は自分として生き、自分を満足できるかどうかに賭けている。
誰もが漂う魂だ。
生も死もなく、人は世を漂う魂だ。
かいに想いを込める。
キウは遥か東を目指した。
でもそれは僅かな時だった。
東は東でなく、北となり、やがて西になった。
海の流れにキウは逆らう術を失った。
そして辿り着いたのは、フワーナ島の北端にあるフースムの地だった。
舟はむなしく波に揺られながら、岸辺にその図体をがつりがつりとぶつけていた。