ずっと西にある島 40.一値 | 小説と未来

ずっと西にある島 40.一値

「あなたは民のために、役目を果たす義務がある」


自分の意思とは関係ないところから出てきたように、言葉はキウの口から放たれた。


遥か西の空が赤く染まり、キウは逆光の影となって、ケイチョウの目に映っていた。


カラスのような鳴き声の鳥が鳴いていた。


カナスナスティアはケイチョウの背中を見つめ、次に発せられる言葉を待っていた。


数分の沈黙だった。いや数分もない数秒の沈黙だったかもしれない。それはやけに長く感じられる沈黙だった。



「愛欲を満たせない女の人生に、あなたは価値があると?」


ケイチョウは問い、キウは答える。


価値はあります。あなたが捧げたもので、この地は成り立っている。人は欲望に偏ってはいけない。その教えはあなたが実践する事で治まり続ける。それにあなたは一つの欲を抑える事で、皆に尊敬され、宮殿で暮らしていけるのでしょう?その与えられた場所を捨ててはいけない」


ケイチョウは深く目を閉じた。

そして再び閉じた目を開き、キウに問い始めた。


「私にはそれもできるだろう。それをあなたが望むのなら、私はそうする。しかしあなたはどうする?あなたには何もない。そんな人生に何を満たす事ができる?」


キウの心の奥には、もう一つの答えが生まれていた。


「僕は、カミを想う。ずっと彼女の事だけしかなかった。僕の人生はとても単純でつまらないものだ。あなたのように尊敬される事もないだろう。世の中のために役に立つような事もできないだろう。どこへ行っても大した事ができない駄目な人間だと思う。ただ、それでも僕はカミといた時間を想う。そして彼女と繋がり合い、そこに宿った子がいるのなら、その子の事を想う


あなたはカミという女性に逢う事はできないだろう。こんな遥か遠くの地へと来て、あなたはもう戻る事ができない。それでもあなたはその女性とその女性に宿ったかもしれない子の事を想うのか?」


「気がついたんだ。僕にはそれしか生きる理由がないんだ。カミに会いたい。ただその事だけを望んでいる。僕はカミに再び会い、共に暮らす事だけを望んでいる。いつまでも」


「あなたが見たのは遥か遠くの夢かもしれない。現実は同じようには訪れない。そうとしてもあなたはその女性に会い、共に暮らしたいと望むのか?」



カミと共に過ごした時は理想郷に置き去りにされたままとなった。


僕は迷い、僕は彷徨い、僕は西の果てで、地の下へと沈んだ太陽に照らされる。


僕の死は崖の下で認められるだろう。僕の生はこの地に生きる事で認められるだろう。


ムオマーの地で生きる事もできるだろう。グァンダーの地に戻り、営む事もできるだろう。


人の評価は様々かもしれないけれど、僕は何かをする事ができるだろう。


でも僕は僕の価値で生きている。


その価値は、あなたにとってはとてもくだらない物かもれない。


でも僕にとっては生きるか死ぬかを決めるくらい大切な価値ある物だ。



「僕はカミに逢うために生きている。きっと逢えると信じて生きている」


キウは大きな瞳のケイチョウに負けないくらい大きく目を開けて、そう答えた。


「そうですか。わかりました。あなたがそれを望むのなら、わたしは帰りましょう。あなたには望みがある。ずっと見失っていたけれど、あなたはカミという女性をずっと愛していた。それを全てとして生きてきた。私もこの地を愛し、生きている。この地の平和と、続く未来のために生きよう。時折、幸せはあるだろう。キウとの出逢いに、私は不思議な心地よさを感じる。私も今日という日に幸せを感じる


「ケイチョウ様」

二人の会話を黙って聞いていたカナスナスティアがケイチョウに近づき声を掛けた。少しだけ涙目になっていた。

「帰りましょう。もう時間です」


「そうだな。急いで帰らねばならないな」

ケイチョウは振り向き、カナスナスティアに対して優しい笑みを浮かべた。



静かな時間が訪れて、キウらは急いで、カルミンヌオールの集落へと戻っていった。

ずっと闇が覆い始めたけれど、民の待ち人は何も言わず、ケイチョウとカナスナスティアを迎え入れてくれた。


広場には誰もいなかった。

ユスティスとハバルヒラはカルミンヌオールの民が用意してくれた木の家の中にいた。


キウが戻ると、ハバルヒラは尋ねた。

「何か見えてきたのか?この先、どうするつもりだ?」


キウは頷いた。

「ええ、もう決まりました。何をするのかはその想いのままに行われるでしょう」



素直に僕はたった一つを望んでいた。


とてもはっきりしていた。


とてもはっきりと浮かんでいた。


ケイチョウが僕に教えてくれた。


そのためだけに生きればいいと。