ずっと西にある島 37.欲要
どこまでも続く西の空を眺めながら、キウはすっと声を吐き出した。
「僕の住んでいた世界では、人々はとても力強かった。私利私欲がとても強い人もいたし、自己顕示欲の強い人や自尊心を持って生きる人もいた。そして自分の居場所を守るために人を蹴落とそうとするたくさんの人がいた。口では世のため人のためと言っておきながら、人々は皆そうやって人より上に行こうとして生きていたんだ。そうしないとあの世界じゃ生きていけない。皆自分が踏み潰されるの恐くて、自分を守って生きていたんだ。
僕はそんな争いに巻き込まれたくなかった。人の競争世界に足を踏み入れたくはなかった。人は競争し、戦い、自分の陣地を確保して行く。確保した場所を堅持し、誇り、時には崇められ、そういった事を喜びにして毎日を送っていた。自分の地位を守るだけ、そのための生活を続ける事になる。戦争はなくても、争いのない場所はない。人は皆そうやって生涯を費やしてゆく。ただ自分を生かすために」
ケイチョウはキウの真剣な表情を見つめていた。
そして、キウの語りに答えた。
「あなたはそれを望まなかった。そしてあなたはこの世界に逃げてきた」
キウはケイチョウの声に惹かれるように、ケイチョウの大きな瞳を見つめ返した。
「僕は逃げようと思って逃げたわけじゃない。ただふと感じたんだ。あの世界で僕は生きたくなかった。僕は争いを望んでいないし、陣地を確保するための世の中でやってゆくつもりはない。
僕はこの世界に住んでいて感じる。この世界の人は皆役割を持っている。そしてその役割を喜び、個々に自らの与えられた役の目指す先へと進んでいる。僕らが住んでいた世界ではそれは社会主義的な考え方だったような気がする。そしてその社会主義という世界はほとんど滅んでしまった。どうしてこの島のように、役割を演じることができなかったのだろう?
あの世界の人にはたくさんの欲望があるからかもしれない。そういった利欲や野心がないと、彼らは堕落や怠慢に陥る。だからあの世界では欲望も必要なのかもしれない。この世界の人は大きな野望も持っていないけど、明らかに怠ける者はいない。しっかり仕事をしている。それはなぜだろう?」
ケイチョウは口元を僅かに緩ませた。
「あなたは利欲を持って生きる?それとも堕落してゆく?」
「僕は、どうだろう?利欲を求めているかもしれない。それがなくて堕落してゆくかもしれない」
求め、彷徨い歩いた道が浮かぶ。
進み歩いた道も浮かぶ。
泥に汚れた落ち葉を踏み潰し、歩いてきた道を思い返す。
利欲のために歩いたのだろうか?
「あなたは何のためにここに来た?」
「幸福を望んだ。感動を求めた」
キウはその事にあらためて気づく。だけどそれが全てでもない。
「だからといって、この世界に人はそのためだけに生きられるのかな?人は欲望のある生き物じゃないのかな?僕にはわからない。ただ、幸福を望むために、ただ未来の平和を祈って、そんなために生きられるのか。もっと単純な欲求が心の内には溢れているはずだろう?」
ケイチョウはキウの言葉を黙って聞いていた。
辺りはとても静かだった。
太陽の熱だけが力強く、辺り一面を照らしていた。
とても穏やかな時間の流れが突然終わってしまった地上の切れ目一体を包み込んでいた。