ずっと西にある島 36.西空 | 小説と未来

ずっと西にある島 36.西空

キウは遥か西の果てに着いた。


そこは文字通り、西の果てだった。


断崖絶壁の向こうに地上は無く、果てしない空が続いていた。

西に傾きかけて太陽が沈む場所を失ってしまったように、西には果てしない空が続いている。


キウは言葉を失った。その光景、その果てしなく広がる一面の空。この先には無限の自由が広がっているかのように思えてくる。


「抜け出すしかない。希望の先、この果てに飛び込んでしまいたい」

と、キウは独り言を口にする。



「人はいずこより生まれた?


命の繋がり、ずっと過去から未来へと人は生命を繋いできた。


死する者は、塵となり地に戻る。


命の繋がりのために、女は男を愛し、男は女を愛する。


そして生を育み、人はいずれ塵となる」


エジプトの古代人のような姿のケイチョウは、遥か西の空を見てそう言う。


グァンダーの地で、イマエダさんが亡くなった時の事をキウは思い出していた。

『死んだ者は西の地の崖の上より葬られる』

その時、クリショバがそう言った。

人は無になり、地へ葬られる。


そして、生きる理由を想う。


「僕は、昔、カミという名前の女の子を愛した。

 彼女といる事が僕にとっての幸せだった。彼女も何もない僕の事を愛してくれた。

 僕はその時間がとても幸せだった。それが僕の全てだった。

 でも、僕は彼女と性行為をした。その場所のルールで僕らはその世界から追い出された。

 そして別々に生きてゆく事になった。

 僕は今でも彼女を探しているんだと思う。でも僕は彼女に会えない。

 きっと近づこうとしていたんだけど近づこうとすればするほど、彼女は遠くへと行ってしまう。

 とても遠い存在になってしまった。

 もう、二度と会う事はないだろう。

 それなら僕は何のために生きたらいいのだろう?」



「人は生命を繋げるために生まれた」


ケイチョウは語る。


「命を繋げる愛がある。


 しかし全ての人が命を繋ぐ事ができるわけではない。人には愛を育む事ができない者もいる。


 あなたは生き甲斐を失った。愛するべき女性を失い、命を繋げる術を失った。


 もう生きる意味がないと言う」


「そうですね。僕にはもう生きる意味がないでしょう」


「未来はそんなあなたに何を望むでしょう?


 あなたが過去に、未来に対して何かの期待を持ったように、未来の者はあなたに何かを望んでいる」


キウは過去を思い返す。

自分はただ幸せになりたいと思っていた気もする。子供の頃、小さな幸せを感じたことがあった。

それが何だかは思い出せない。大人になれば、もっとたくさんの幸せを味わえると思っていた。

でも幸せはそんなにたくさん溢れてはいなかった。むしろ感情は徐々に失われ、感動する事も稀になっていった。何もかもが無関心になっていった。


ケイチョウは下をうつむくキウを見て、話を続ける。


「たとえば我が子の成長を。


 たとえば町の発展を。


 たとえば未来に残る言葉を。


 そうして未来へと一人の存在は何かを残し伝えようと生きていける。


 毎日同じように繰り返される日々の先にある世界を信じ、人は未来へ向けて生きてきた。


 私たちはとても長い時間を生きている。


 でも私たちは神々からしたらとても短い命の生き物だ。


 われわれと神々では感じる時間が異なる。全ての生命体にとって生きる時間は異なる。


 神々からしたら我々はとても儚い命の生き物だ。


 それでも我々にとって、日々は長々しく続いてゆく。


 そうであってもいずれ時は過ぎてしまうだろう。


 世界は変わってしまうだろう。過去が懐かしく思える。


 過ぎた日々は失っていっても、あなたの脳にはしっかりと残っているから、


 いつも儚く、切なく、心に痛みを残す」


遥か西に辿り着いていた。

そこには西の果てがあった。西の果てで、生きる意味を探していた。

西の西には永遠に思える空が続いていた。

空が続いている。その先には何かがあるのかもしれない。

フワーナ島の東には海しかなく、西には空しかない。

何もない東からやってきて、遥か西を眺める。


「この空に、僕は感動する。僕が遥か東からやってきたように、遥か西にも何かがあるのかもしれない。そう思う空想も広がる。この広がりが僕に自由な気持ちを与えてくれる。とても心地いい光景だ。僕はここに来れてよかった。そう思います」

いろいろな事に無関心となっていたキウもその光景には心を露にしていた。とても優しい風が西から吹いていた。その風をキウはとても心地よく感じていた。


「あなたはまだ諦めるには早い。


 あなたの知りえない感動がまだまだこの先にはある。


 あなたはまだまだ幸福を感じられる余地を残している。


 未来の者が生まれ、育ち、幸福を与えられたいと望むでしょう。


 あなたはたくさんの感動や幸福を未来に、まだまだ伝える事が出来るでしょう」


ケイチョウはキウにそう伝える。



僕は未来に何かを伝えられるだろうか?


僕は未来に幸福を与えられるだろうか?


僕にはまだまだ幸福を感じられる可能性を残しているのだろうか?


何を期待し、何を望み、未来に生きてゆく事ができるだろう?



キウは心の中で自分自身にそう尋ねる。



あなたはとても望んでいたのですね。


それならあなたはあなたらしくありなさい。



地中深くから、そんな声が届いてきた気がした。


だからキウは地中深くに住むといわれるカカラ神に、僕は僕らしくなりたい、と願いを込め、祈った。