ずっと西にある島 29.畏止
キウはユスティスと共に、3日間を草原で過ごした。
カルミンヌオールに行くには、ノースクラブの住む森の入口から森を通って進むよりは、西に広がるスィーフォーの草原地帯を3日程歩き、シュガーサの地から森へと入り込んだほうが近い。
日々は単調で退屈なものだった。毎日重い荷車を押しながら、どこかまで行き、どこかで休憩した。暑いムフォの時期にあり、暑い日々が続いていた。頭に水をかけ、タオルを巻いているが熱気は治まらない。確かに過酷な毎日だ。しかも道は草原で草が生い茂り、それが荷車のタイヤに食い込み、思うように前には進んでくれない。平坦でなく、上ったり下ったりの繰り返しだ。
休憩時間のみが至福の時、草原に寝転がって、何もない空を見上げるのは心地よい。
でもユスティスはすぐに言う。
「行こう」と。
パンや塩漬けされた野菜や魚を食べ、夜を過ごす。夜風に吹かれる時間は気持ちいい。天には満天の星空が浮かぶ。この国で、空に輝く星々は数々の神の姿なのだ。グァンダーの地でも夜の星空は綺麗だったが、スィーフォーの地から見る空の美しさは、この国の人が星々を神の姿と間違えるのも理解できる。夜とはこんなに明るいものだっただろうか?とキウは思う。
3日後、キウとユスティスは草原と森の合間に住むシュガーサ族が住む地に着いた。
シュガーサ族の若い案内人であるハバルヒラが二人を迎え入れてくれた。
最初の夜には冷たいスープを二人に与えてくれた。
彼らは森の入口にテントのような小屋を並べて住んでいる。
とても優しい笑みでもてなしてくれる温和な種族だ。
二人のためにテントも用意してくれた。
ユスティスとキウはそこで一晩を過ごした。
酷く眠い。酷い眠気だ。
僕は眠っている。全てがどうでもよく、僕は眠っている。
感じるのは、生と死、ただそれだけ。
僕にはユスティスの声がよく聞こえない。
ユスティスは僕を呼んでいる。
朝になっている。知っている。目を開き、体を起こさなくてはならない。
でも僕の目は開かない。ただ涙が流れる。
ユスティスはハバルヒラと話をしている。キウにはその声だけが聞こえる。グァンダーについた頃のように、キウには周りの人間が何を言っているのか、聞き取れない。それはシュガーサ族のなまりがあるからかもしれない。でもそれ以上にキウの理解しようとする能力が薄れている事に気づく。
「何が君をそうさせる?」
キウの耳に届いた最初の言葉はそんなハバルヒラの言葉だった。
キウは自然と口が開く。
「わからない。ただ、バラバラになってしまったんだ。生きる事がバラバラになり、死もやってはこない」
ハバルヒラはキウの言う、意味不明な言葉に答える。
「もし、君が今日に生きる意味を持ているのなら、求めるままに生きようとしなさい。そうれすれば体は自然と動くようになるでしょう」
僕は求めている。
それはもっと単純で、優しい毎日だった。
誰かが求めるものと同じ平和だった。
果てしなく遠い地では孤独が訪れていた。
あの頃の僕は孤独だった。
僕はもっと単純な優しさを求めていた。
いつからかそれが欠け、消えてしまった。
優しさを分かち合えない日々がやってきていた。
時代の中に埋もれていってしまいそうだった。
求めても、求めても…・
キウの体は結局長い時間動かなかった。
「彼はここまで来て、とても疲れたんだ。理由はただそれだけなんだ。求めなくなったんじゃない。ただの疲れさ」
と、ユスティスはハバルヒラに言っている。
不安や孤独な思いで過ごしていた時間を思い出す。
小さな部屋で暮らしていた。
今ある全てを忘れて、あの部屋に戻ってしまう。
「感情やイメージが先立って、構想に移れない。そして彼は体の自由を失った。ユスティス、不思議に想う。わたしは彼がそんな風になっているのを感じる」
ハバルヒラはユスティスにそう答える。
小さく動けるかどうかに時間を費やしていた。
小さな部屋の中で、明日をどう過ごすかに悩んでいた。
今日も明日も変わらない毎日が続いていた。
先へ進むことが恐かった。
少しずつ、小さく、小さく、縮こまっていった。
社会が恐かった。
そうやって内気な時間を過ごしていた。
最後には体を動かす事もできなくなってしまうだろうと、感じていた。
僕はここでこうしていればいい!と思ったかな?
誰も僕に何も言わないのかな?
誰かの声がする。
過去と今と未来がごっちゃになっている。
「違うだろう?全てがそうじゃない事を君は知っているだろう?」
僕の最初は花だった。
いつかは青き星だった。
いくつも生まれ変わり、今、ここに生きている。
誰かが僕に与えたこの命を僕は続けている。
「約束は守れるかい?」
キウは無造作にそう言い放つ。
ユスティスとハバルヒラはその言葉に反応する。
キウは笑顔を浮かべ、眠っているようだった。
「もう一日様子を見よう。明日には出発したい」とユスティスは言う。
ハバルヒラはその意見に頷いた。
多くの意味は失われているようだった。
ただとても眠く、眠りに落ちそうな心地よい時間を続けていた。
キウは眠りに落ちてゆく。
誰かが「目を覚ませ!」と怒鳴りつけるまで眠り続けているだろう。
時が過ぎてゆく。