雨に沈む町 26.過ぎ行く冬の日
きっと準備は整っただろう。
もともと訳のわからないままにここにいるのだから、最初から何もなかったのに等しいのだから、、、
これ以上、ここにいる意味はないと、揮宇(きう)は心の内に言い聞かせる。
工場の仕事にも慣れていた。仕事が忙しい時は、簡単な肥料の調合もするようになった。
少しだけ仕事の楽しみも感じ始めるようになっていた。
どうでもいいだろう?そんな事。
自分の心の内にそう言い聞かせる。
課長に辞める事を伝えなくてはならない事を気にしている。
そして日々すれ違ういろいろな人の事を思う。
この人にももう会わないだろうと、人の数を数える。
世話になった出来事を思い出す。
そんな事に恩義を感じて、このままここに居過ごすわけにもいかない。
ここにいる理由なんて、最初からどこにもなかったのだから。
零れ落ちていった時間。
失われていった自分の時間。
忘れてゆくだけ。
大切だったものは何も育たないまま、自分の年齢が失われていった。
虚しくて、虚しくて。
思いは誰にも伝えられない。辞める事も誰にも伝えられない。
揮宇は実家にいる頃からそうだったなと、思い返す。
親には何も伝えられなかった。
自分が何をしたいのか、どうしたいのか、今が嫌だという事さえも。
ぼうっとそんな事を思っていたら、課長がにこりと微笑んで、揮宇の方を見つめていた。
言う機会だった。でも揮宇はにこりと照れ笑いのような笑みを浮かべ、何も言わずに会釈するだけだった。
そしてそそくさとその場を離れた。
そんなままに一日も終わり、毎日も過ぎてゆく。
休みの日にはビーチに行って、梅原に会った。
特に何もなく、自分も行く事を伝えただけだった。
退屈な日に祭りのあった神社にも行ってみた。
未来を祈ってみたが、特にこれと言った神のお告げも返ってはこなかった。
町へ出掛けもしてみた。
たまに大家の息子とうろうろしていた町のあちこちも一年経っていろいろわかりだしていた。
どこをどう行けば、どこに何があるかを知っていて、その確認をした。
だからと言って、誰も何も揮宇の心を納得させてくれるものはなかった。
何かに答えに欠けていた。
冬の町はただ寒く、冷たい霧のような雨を降らせるばかりだった。
僕は行くべきか。
行くと決めた。
その理由はどこにもない。
行くべきか、行かないべきか。
まよいを感じる。
少しだけ、岩崎が先送りにした理由が揮宇にもわかった気がした。
生まれ育った町を離れる事、環境を返る事には莫大なエネルギーがいると感じる。
理由ない変化の難しさを感じる。
心が負けたら、このままの日々を繰り返してしまう。
誰かに伝えようと思った。揮宇は自分の存在を知っている誰かに居なくなる事を伝えないといけないと思った。
そうすれば、決心は付くような気がした。