雨に沈む町 21.如月葉月の家
揮宇と如月葉月の続き。
僕らは歩いた。
とても長い距離を。
川はやがて渓流のようになり、滝のようになり、息を切らせるほどの山道は続いた。
「君はいつもこの道を歩いてくるの?」
と、僕は君に尋ねる。
「そう!晴れた日はこの道を下って」
「大変だね」
「行きはよいよい、駆け下りて15分。帰りは1時間。大変!
でも仕方ないの。ダムはこの町の要だから」
「それだけ大変な仕事をしているんなら、誰かが手伝いにくればいいのに」
「食料の買出しはわたしがやるって言い出したの。
だってそうでも言わないと、わたしはこの山の上にずっと閉じ込められたままですもの」
雨に沈む町に閉じ込められている僕だけど、君は山にまで閉じ込められている。
そんな君の気持ちに同情する。
僕の心臓はもうバクバクで、運動不足もたたって、もう歩けない。
そんな時に如月葉月の家に着く。
「ありがとう!」
と、君は僕に礼を言った。
僕は荷物を渡して、「いやいいよ」と言い、帰るつもりだったが、
「はあ、はあ、はあ」
と息切れが止まらない。
「お疲れね」
と、君は笑いながら僕に言い、「少し休んでゆくといいわ」と付け加えた。
「いやいいよ」と言って立ち去るところを見せたい僕であったが、
「いいかな?」と言って、君の家にお邪魔する僕がいた。
ロッジのような丸太で作られた家にお邪魔する。
ガラス戸に覆われた、ペンションのロビーのようなところに通される。
「ちょっと待っててね」
と言って、君は持ってきた荷物を扉の向こうへと持ち去り、消えてゆく。
静かな整然とした一室に小さな笑い声が聞こえる。
扉の向こうで、君は誰かと話しているようだ。
数分待つと君が現れ、君の母親と思われる人が現れた。
僕の知る限り、その人の名前は如月卯月さんだ。
「こんにちは。今日は娘のためにありがとうね」
と、母親は言う。
そして、お茶を僕のために出してくれた。
「いえ、わざわざすみません。すぐに帰るつもりだったんですけど」
と、僕は答える。
「いいえ、ゆっくりしていってね」
と、母親は答え、奥へと引っ込んでゆく。
如月葉月はテーブル越しに座り、先にお茶を飲む。
「飲んで、体が温まるよ」
山の上だけあって、僕には少しこの場が寒々しく感じられる。汗をかいたせいもあるかもしれない。
「いただく」
そう言って、僕はお茶に口を付けた。
仄かな甘酸っぱい香りのするジャスミンティーだ。
あるいはジャスミンティーではないのかもしれない。
幸せな気持ちにさせられる。
君に恋心があるわけではないが、ここで君と暮らすのも悪くはないと思う。
僕がお茶に喜んだ顔を見せると、君はにこりと微笑んだ。
妄想的な世界観で、揮宇は如月葉月に付き合い、如月葉月の家までやってきた。
お茶に安らぐ、少しだけ甘酸っぱい時間が続く。