雨に沈む町 13.ビーチのボート | 小説と未来

雨に沈む町 13.ビーチのボート

ある春の雨のよく降る日に、揮宇(きう)は岩崎に呼ばれた。


春の日の雨はしとりしとりと降り落ちていた。


彼は車で揮宇のアパートまでやってきて、揮宇を乗せて何もない海辺をドライブした。


車の中では何も話さなかったが、海辺まで来たときに岩崎は口を開いたんだ。


「俺は旅に出たいと考えている。理由なんてない。


 ただ、このまま毎日、こんな狭い町で暮らし続けるのはごめんだ。


 いろいろ見てみたいし、いろいろ知りたい。


 このままの日々を繰り返す気はない。


 君もそうは思わないか?俺はそう思うが」


揮宇はわからなかった。自分が何をしたいのか、わからなかった。


秋の森に全てを忘れてきてしまった。全てを込めて、全てが終ってしまった。


『僕はわからない』


だから何も言えなかった。岩崎の言葉はただの独り言となって終った。



コンクリートの塊でできた小さな小屋の前で車は止まった。


そこは海辺へ下る道を下ったすぐの場所にあった。


雨に降られるビーチは海と砂浜の境界をわかりにくくしていた。


ビーチはずっと西へ続いていている。


寄せては引く波の音が揮宇の耳に繰り返し聞こえる。雨粒が大海原を叩いていた。


大きな海だ。当り前だけど、久しぶりに見る海の広さを揮宇は感じずにはいられなかった。


こんな近くに海がある事を揮宇は知っていたけど、気づいていなかった。



小屋の中に招かれると、そこには船の断片、船というよりボートの断片がある。


そのボート断片をいじくる男が一人いる。


「やあ」

と、男は気さくな笑みで揮宇に挨拶をした。


揮宇は軽い会釈で返した。


「彼は梅原、機械には詳しい」岩崎が説明する。「板金工だからこんな物(ボートの土台)もできる」


さらに岩崎は話を続けた。


「要するに、俺たちは自前のボートで海に出ようと考えている。


 電車で旅に出る奴はそれなりにいる。でも陸路の旅なんて知れたものだ。


 だから俺らは船旅を考えた。


 南には大海原が広がっている。


 俺らは広い海の世界に出る。それが俺たちの目的だ」


そう、それが彼らの目的だった。


揮宇はその大それた旅の計画に何も答えることができなかった。


ただただ呆然と作りたてのボートを眺めていた。


これからどうなるのか、答えはまだない。